ラート運動におけるDoppelknieumschwungの技術に関する発生運動学的考察

ラート運動におけるDoppelknieumschwungの技術に関する発生運動学的考察

A consideration of the technique of the double knee circle in the straight-line of the wheel gymnastics from the phenomenological-morphological movement theory of sports

堀口 文(愛国学園保育専門学校非常勤)
佐野 淳(筑波大学)
本谷 聡(筑波大学)
高橋靖彦(法政大学非常勤)

Aya Horiguchi (Aikoku Gakuen Nursery Professional Training College, Part-time)
Atsushi Sano (University of Tsukuba)
Satoshi Motoya (University of Tsukuba)
Yasuhiko Takahashi (Hosei university, Part-time Lecturer)

 

[Abstract]

  The objective of this study is to elucidate the techniques used for Doppelknieumschwung (“knee-turning”; in Japanese “hizakake mawari”; two turns, hereafter “DKU”) in the exercise category straight line of Rhönrad (wheel gymnastics) from the view point of phenomenological-morphological movement theory.
 The person who is being studied is the author himself who has mastered DKU already. The period of study is 4 years and 4 months during which the author practiced the DKU aiming at mastering it. The period was divided into 3 sub-periods according to the learning level. Then, the data were collected in each sub-period for the image at the practice and matches, and for the description of the practice note, etc. Based on the data, the learning level was reviewed in detail. The content of the learning level was further analyzed reflectively from the view point of phenomenological-morphological movement theory. As a result of the review, the following technical points came to light:

 1) To uplift the body in the backward-obliquely upward direction in accordance with the rotation of the wheel and upward movement of the body in the rising aspect at the preparatory stage.

 2) To cahnge the movement appropriately in the main aspect by feeling the rotational speed of the wheel and position and posture of his/her own body in the rising and main aspect at the preparatory stage.

Keywords : Wheel gymnastics, Double knee circle, the phenomenological-morphological movement theory of sports, phenomenological analyses, process of improving skills


I .序論

 ラート運動とは、ラートといわれる器具を用いて行なわれるドイツ発祥のスポーツである。体操競技、新体操競技、フィギュアスケート競技などと同様に審判員の採点によって順位を競う評定競技であると同時に、生涯スポーツとしても親しまれている。本論ではラート運動の直転種目における技の一つである Doppelknieumschwung(日本語名:膝掛け回り・2回、以下、DKUとする)を取り上げる。
 直転種目とは、ラートが2本のリングによって回転する種目である。本研究において取り上げるDKUは、現在ラート競技では最高難度とされるD難度である(IRV,2013:63頁、大塚・本谷,2015:67頁)。世界ラート競技選手権大会(以下、世界選手権)において直転種目で上位を占める女子選手の多くはこの技を習得し、演技構成に組み込んでいる。このような、ラート運動の中でもより高度な技の習得は競技力の向上に加え、動きづくりや、より良い動きの追求という点についても重要な役割を担うと考えられる。しかし、日本にはDKUを習得している選手がほとんどいないのが現状である。そのためにこの技に関する技術についての情報は少ない。
 ここで技術という言葉について言及しておく。運動分析には人間の運動を客体化して説明しようとするサイバネティクス的運動分析論と、人間の運動感覚能力による形態発生を主体原理に基づいて解明しようとする現象学的な運動分析論が存在する(金子,2002:139頁)。本論では、後者の立場で技術という言葉を使用しており、それらは運動時の速度や関節の角度等のバイオメカニクス的な運動の方法ではなく、あくまで動感(注1)身体のレベルでいうその運動の「やり方」のことを指している。運動の実施者が習得時や習熟過程において感じていた「動いているときの感じ」や、実施にあたり「大切だと感じていたこと」等の内容は、その運動の習得を目指す選手や指導者にとっては非常に大きな意味を持つと考える。しかし、ラート運動ではこういった発生運動学的な立場から論じられている研究は少ない。(堀口,2013、北島,2016)
 以上のような問題を背景とし、本研究ではDKUの技術を発生運動学的な立場から解明することを目的として論を進めていく。


図1 ラート-器具の名称-


注1;動感とは、精密科学としての生理学ないし心理学における運動感覚のことを指しているのではなく、私の〈動いている感じ〉や〈動ける感じ〉を表している。(金子,2005:304頁)

 
II .本論

1.DKUの構造と運動特性

 ①DKUとは
 DKUとは、直転種目における周辺系運動のうちの一つの技である。周辺系運動は、ラートの上方局面や下方局面で行なわれる。上方局面とは、身体重心がラートの中心点を通る水平線より上方にあり、下方局面とは、身体重心がその水平線より下方にある局面のことである。上方局面と下方局面の境界線は図2のように示される(本村・大塚,2011:5頁)。


図2 上方局面と下方局面

 DKUは上方局面で行なわれる技である。上方局面で行なわれる技は、それに続く下方局面を合わせて1難度とする(大塚・本谷,2015:6頁)。 DKUは、上方局面において図1で示されている「開脚バー」を使って鉄棒運動でいう後方膝かけ回転(以下、膝かけ回転とする)を2回行ない、その後に任意の下方局面を伴うことで、上方局面と下方局面を合わせた運動全体が1つのD難度として認められる。

 ②DKUの構造
上記で述べたように、DKUは規則上、膝かけ回転を行なう上方局面(図3における主要局面)とその次の下方局面(図3における終末局面)だけを指す。しかし、マイネルのいう局面構造(マイネル,2000:156頁以下)にあてはめると、規則上でのDKUの運動開始よりも前の運動も準備局面として重要な役割を担う。図3はDKUの準備局面から終末局面までの運動経過を示している。本論では、膝かけ回転を行なう上方局面の一つ前の上方局面から下方局面までを「準備局面における下降期」(以下、下降期とする)、膝かけ回転をする直前の下方局面から膝かけ回転を開始する直前までを「準備局面における上昇期」(以下、上昇期とする)、膝かけ回転の開始から終了までを「主要局面」、膝かけ回転の終了から次の下方局面までを「終末局面」とした。


図3  DKUの運動経過

2.技術研究について

① 研究対象
 本研究における研究対象者は筆者自身である。筆者は2009年にラート競技を始め、現在競技歴は8年である。2011年~2014年、2016年、2017年に日本代表に選出されており、直転種目では2013年の世界選手権において3位入賞等、国際大会でもトップレベルの成績を残している。
 筆者は、DKUの習得を目指して練習を開始した2011年8月時点で、主要局面以外の準備局面や終末局面における運動に関して、一人で問題なく実施できる技術を獲得していた。主要局面に関わる運動としては、鉄棒運動における膝かけ回転を幼少期に遊びで実施していた程度であった。
 筆者は本研究で扱うDKUを、2012年の夏に開催された全日本学生ラート競技選手権大会で初めて実施しており、それ以降全ての試合で直転種目の演技構成に入れて成功させている。

② 研究方法と考察の手順
 本研究の目的は、ラート運動の直転種目におけるDKUの技術を発生運動学的な視点から解明することである。そして、筆者がDKUの習得を目指し、鉄棒における膝かけ回転の練習を開始した2011年8月から2015年12月の全日本ラート競技選手権大会(以下、全日本選手権)までの期間を研究の対象とする。まず、その期間を習熟度により以下の発生期、熟練期、完成期の3つの期間に分けた。 

(1) 発生期(2011年8月~2012年9月)
 この期は、DKUの練習開始から初めて実施した試合までの期間である。主に主要局面における技術的な動感が発生し始め、DKUが一連の運動として実施できるようになった期間である。
(2) 熟練期(2012年9月~2014年11月)
 この期は、初めてDKUを実施した試合以降から受傷(アキレス腱断裂)前までの期間である。この期間中には、感覚が大きく崩れた時期もあった。その中で試行錯誤を繰り返しながら毎試合での演技構成にDKUを組み込み、技として熟練してきた時期である。
(3) 完成期(2014年11月~2015年12月)
 この期は、受傷(アキレス腱断裂)後から試合復帰までの期間である。アキレス腱を断裂したタイミングで一度DKU全体の動きから離れ、準備局面や終末局面に関わる運動を基礎から見直すことになった。再びDKUを実施できるようになるまでの過程で、受傷前に感じていたポイントを再構築しながらも更に詳細な動感も加わり、DKUの完成に近づいた時期である。

 上記の期間ごとに練習や試合の映像、また練習ノートなどの資料を基に、習熟過程を詳しく思い出しながら書き出して反省分析していく。この分析によって、上記の期間にどのようなことに気をつけて練習していたか、DKUに対してどのような感情を持っていたか、実施した際にどのような感覚であったかなど、過去の練習内容や思考内容、心理状態、身体感覚に焦点をあてて技術ポイントを明確にする。その際、その時の自分に戻ったような気持ちでその瞬間の動感を詳しく思い出すということを意識して、分析を進めていく。更にそれらを詳しく考察していくことで、DKUの技術を明らかにしていく。

 

3.習熟過程の分析

 習得過程では、「次はこうしてみたらどうだろうか」「もしかしたらこれが大切なのではないか」などとアイディアのように技術的な動感が湧き上がってくることがある。それらは、練習を続けていくにつれて仕組みを理解し、技術ポイントとして定着することもあれば、途中で消え去ったり、また思い出したりということもある。本研究ではこれらの過程も重要であると考え、細かく分析を行なった。
 ここでは特に「上昇期における姿勢の意識」と「膝かけ回転に関する意識」の2点を取り上げて記述していくこととする。
 本文中ではアイディアのように湧き上がってきた段階のポイントを太字で記す。それらの仕組みを理解し始め、DKUを成功させるために非常に重要であると確信し始めた段階のポイントには、太字に且つ下線を引いて示すこととする。

(1) 発生期(2011年8月~2012年9月)
 2011年に初出場した世界選手権で、上位選手の演技を間近で見る機会があり、直転種目において世界選手権で活躍するためにはDKUを習得する必要があると感じた。そこで、まずは鉄棒を使い膝かけ回転の練習を開始した。
 鉄棒では最初こそ恐怖感はあったものの、何回か練習するうちに回りきれるようになった。しかしラートのバーを使って膝かけ回転をしようとすると、バー自体がラートの回転に伴って動いてしまうために上手く回転することができなかった。ラート上で膝かけ回転をするには勢いや力任せではなく、楽に回りきれるような感覚を身につけることが必要だと考え、ラート上での練習と同時進行で鉄棒での練習も行なうことにした。そこで力まずに膝かけ回転を回りきるために、回転の序盤(大腿から膝裏に鉄棒を移動させる瞬間)は肩が上がったり膝関節が屈曲しすぎないようにリラックスし、頭が鉄棒の下に向かう瞬間に回転が一番加速するようなイメージで実施した。また、鉄棒を大腿から膝裏に移動させる瞬間にはリラックスしながらも身体はみぞおちのあたりを上に引き上げるイメージ、肩から肩甲骨のあたりを先行させて後ろに引くことを意識した。すると、起き上がりの局面では全く力むこと無く回りきれるようになった。更に肩を引く前に腰が下に落ちないようにすること、力まずに後ろに肩を引いてから下に向かって回転を加速させることも意識することで少しずつスムーズに回りきることができるようになった。
 その後、「後ろ進行のシーソー」(図4)に続けて膝かけ回転を行なう練習を始めた。


図4 後ろ進行のシーソーの運動経過

 シーソー後は身体のバランスがとりにくく、幇助者がラートの回転スピードや位置を調整することにより、かろうじて膝かけ回転が2回転できるような状況であった。何週間か練習していくうちに、一連の流れに慣れ、後ろ進行のシーソーの最中に次の膝かけ回転の回り初めの姿勢を意識できるようになった。次の動きを意識することで、徐々に後ろ進行のシーソーと膝かけ回転という別々の運動を実施しているような感覚から、後ろ進行のシーソーから膝かけ回転というように一連の運動に近づいていった。

 (2) 熟練期(2012年9月~2014年11月)
 この頃になると膝かけ回転で回りきれないことはほぼ無くなっていた。しかし、回転後に自身が座っているバーがラートの頂点を越えないことが多く、越えない場合は前方に落ちそうな感覚があり恐怖感に繋がった。ラートの頂点を越えようと、自身が座っているバーが床に近づく際にバーを臀部で強く押してラートを漕ぐ動作をすると、バランスを崩し、逆に勢いを止めてしまうことも頻発していた。漕がなければ越えない、漕ぎ過ぎるとバランスを崩してしまう状況であったが、強くラートを漕ぎ、更にリングを後ろに引っ張るような意識があればラートの頂点を越える確率は上がっていった。
 また膝かけ回転をする前にリングを後ろに上手く引けたかどうかで、回りきったときに自分がどのくらいの位置にいるかをおおむね予測できるようになっていた。そのため、少し勢いが足りないと感じた時は回りきってすぐにラートを後ろに引っ張るような姿勢をとって対応できるようになった。自身が座っているバーがラートの頂点を越えそうかどうかの判断が早くできた上で、それにすぐに対処するというのは、この技を成功させるためには非常に重要なポイントであると感じていた。
 その後も試行錯誤しながらの練習が続いたが、2013年3月のある時、膝かけ回転が上手く回れていないときはリングを引くことによって身体が前方に出てしまい、バランスを崩したり肩をリングにぶつけたりしてしまい、膝かけ回転がしにくくなっているということに気づき、その後以下の2点を意識して練習した。
 ・リングを引くときは斜め後ろ(赤の矢印の方向)にリングを引くこと(図5)
 ・リングを引くことによって上半身が前(青い矢印の方向)に出ないようにする (図5)


図5 シーソー後にリングを引く方向-斜め後ろにリングを引く-

 この2点を意識することで体勢が大きく崩れることもなく、大抵の場合は自身が座っているバーがラートの頂点を越えるようになった。また膝かけ回転の前の下方局面においてリングを引く時に上半身が前に出ないようにするためには、シーソー時に重心をバーから少し後ろにおく意識が重要であった。
 2013年5月になり、世界選手権まであと2ヶ月という時期に急に感覚が大きく崩れた。この数ヶ月強く意識していたシーソー時の重心は少し後ろ、同時にリングを斜め後ろに引くということが上手くできたと感じていたにも関わらず、膝かけ回転を2回した後に、自身の位置がラートの頂点を全く越えておらず前方に落下した。膝かけ回転を回り終わったあとの位置が自分の予測と大きく差があったことにショックを受け、この落下後に再び恐怖心を持ってしまうことになった。この時期に先輩から「シーソーでラートを漕いでいないのではないか」というアドバイスをもらった。それにより、シーソー時に重心を後ろにおくこととリングを引くことのみを念頭に置いており、DKUを始めた当初に意識していたシーソーでラートを漕ぐというポイントが完全に抜け落ちていたことに気がついた。重心は少し後ろ、同時にリングを引くというポイントに加えて、シーソーでラートを漕ぐことを意識して練習し、恐怖心を拭うことができた。
 2014年4月になり、世界トップレベルの選手のみを対象とした合宿に参加した。この合宿中にも何度か自身が座っているバーがラートの頂点を越えないことがあり、2011年と2013年の世界選手権において直転種目で優勝している選手にアドバイスを求めた。すると、シーソーでラートを漕ぐことだけでなく回り始めるのを少し待つというポイントが挙がった。しかし、回り始めるのを少し待つということは、これまで考えたことが無く、自分の感覚では「待つことなどできない」といった感覚であった。しかし、みぞおちのあたりを意識して身体を引き上げるということが上手くできたと感じた時に、「それだ!待てるじゃないか」と言われた。確かに、身体を引き上げることができるとその間、わずかではあるが膝かけ回転を開始するまでに時間ができる。だが体勢によっては、身体を引き上げることができずに勝手に回り始めてしまうことが多かった。この経験を通して、【身体を引き上げる】ことを意識する前に【身体を引き上げる】ことができる体勢を作らなければいけないと考えた。しかし、このときは世界チームカップラート競技選手権(以下、チームカップ)直前であったためあまり大きく意識を変えずに、試合に臨むことにした。結果的にチームカップでは、今までの試合で実施したどのDKUよりも良い感覚のものができた。シーソー時に身体が前に出る、後ろに倒れ過ぎる等のブレが全くなく、膝かけ回転が2回転終わった時に丁度ラートが少し頂点を越えていたため、全く調整する必要がない実施であった。この時の感覚は特に鮮明に覚えており、シーソーをした瞬間、膝かけ回転を開始する前に既に成功を確信していた。この経験より、改めてDKUは回り始める直前の姿勢が成功の鍵を握っているのだと感じた。
 その後、筆者は7ヶ月ほどラート運動を学ぶためにドイツに留学した。ドイツ人選手のDKUを見ているうちに、その中でも上手な選手とまだ習得していない選手の違いが少しずつ分かるようになってきた。まだ習得していない選手のDKUは、膝かけ回転が回りきれていても回転自体がぎこちなく、起き上がりに何か引っかかるような感じがあった。上手な選手には回転の開始時に肩が上がったり膝関節が屈曲しすぎたり、力んでいないという特徴があった。
 次に気がついたのは、回転の開始時に身体を大きく使えているということである。具体的には、回転を開始する瞬間に大腿前面が腹部に近づくように腰が下に落ちずに、膝、腰、肩を結ぶ角度が直角に近いということであった。以下の図6は回転開始時に腰が下に落ちている様子であり、図7は腰が下に落ちていない様子を示している。


図6 膝かけ回転開始時の姿勢-腰が下に落ちている-

図7 膝かけ回転開始時の姿勢-腰が下に落ちていない-

 その後2014年11月8日にドイツを出発し、9日に日本に帰国した。帰国当日の練習中にアキレス腱断裂を受傷した。

(3) 完成期(2014年11月~2015年12月)
 11月9日にアキレス腱を断裂し、11日に再建手術を受けた。DKUは受傷前に試合で実施していた技の中では最も習得にむけて苦労し、試行錯誤しながら練習してきた技であったため、ラートの技術面での復帰という点ではDKUの再習得は大きな意味を持っていた。
 数ヶ月後、難しい技は一人ではできないが、シーソーの練習であれば一人でできるという状況になり、これはシーソーの技術を基礎から見直す良い機会だと考えた。しばらくシーソーのみの練習を続けるうちに、シーソー時に重心をラートの移動に合わせるという感覚が出てきた重心をバーに合わせると一言にいっても、ある瞬間だけではなく移動するラートに合わせ続けなければならない。そのため、重心もラートに合わせて移動させていく必要があるラートの動き、特に自身が座っているバーの位置を感じながらシーソーをすることが重要であった。バーの位置を感じながらシーソーをすると体勢の安定感が増し、後ろ進行のシーソーの直後に冷静に自身の状況を感じ取ることができるようになった。
 2015年の全日本選手権に向けて練習していた時、これまでとは大きく異なる感覚が発生した。シーソー直後にとっさに自身の位置やラートのスピードをはっきりと感じ取ることができた。その瞬間にいつもと同じ動きではラートの頂点を越えないと判断し、膝かけ回転を2回実施した後、頂点を越えさせるために以下の図8のように後方のリングを握ることができた。この経験から、回転の最中に自身の位置を感じ、回転後の体勢を変化させる(図8または図9のどちらが適しているか)判断ができるようになった。


図8 膝かけ回転終了時の姿勢 -後方のリングを握る-

図9 膝かけ回転終了時の姿勢-前方のリングを握る-

 その後も上方局面における膝かけ回転中の感覚が更に研ぎすまされていく感覚があった。以前からラートの回転スピードが足りないと感じたときはラートを後方に引きながら回るといった感覚はあったが、ラートの頂点を越え過ぎそうと感じたときには素早く2回転することを意識していただけであった。しかしこの頃になると、頂点を越え過ぎそうと感じたときに膝かけ回転を加速させるタイミングを遅らせることで、ラートの回転も抑えるといったことを無意識にしていたことに気がついた。つまり、通常膝かけ回転時には頭が下に向かう瞬間に、膝かけ回転を加速させるイメージ(図10)で回転していたが、ラートの回転スピードが速く、頂点を越えてしまいそうだと感じたときには、以下の図11のタイミングで膝かけ回転の回転スピードを加速させることでラートの回転を抑えていたということである。

図10 膝かけ回転を加速させるタイミングとその方向-頭が下に向かう瞬間に回転を加速させる-

図11 膝かけ回転を加速させるタイミングとその方向-頭が下の瞬間に回転を加速させる-

 全日本選手権まで一ヶ月をきった時期でも、やはりDKUが直転の演技の成功の鍵を握っていた。特に膝かけ回転をする前、つまり上昇期においてラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることを最重要ポイントとして意識していた。ただし、いつも完璧にその動作ができるわけではなかったことや、例えその動作が自分のイメージ通りにできたとしても、そもそものラートの回転スピードが足りないという状況にもなり得るため、その後の膝かけ回転を加速させるタイミングや、膝かけ回転をおさめる姿勢によってそれらを補うこともDKUを成功させるためには重要であった。
 全日本選手権の本番では、DKUの前の技はスムーズに流れ、上昇期においてもラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることを意識できたが、膝かけ回転を開始するタイミングが少し早くなってしまった。しかし、そのことにすぐに気がつき、膝かけ回転を2回終えた後に後方のリングを掴むことで停滞や逆戻りを防ぐことができた。その上、その判断が非常に早かったため、見た目に大きな減点要素はなく、その後の技にも影響を及ぼすこともなく成功した。
 ここまで筆者のDKUの習熟過程を遡って分析したが、その結果、筆者がDKUを習得し、習熟させるために強く意識していたことや、大切だと思っていたことなど、数多くの技術的動感が浮かび上がってきた。その中で特に重要だと思われるポイントは下記の通りである。
 まず上昇期において、ラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることが挙げられる。また上昇期におけるラートの回転スピードや、自身の体勢や位置を感じ、それに応じて膝かけ回転を開始するタイミングを早めたり遅らせたりすることである。加えて、膝かけ回転自体の回転スピードを加速させるタイミングを早めたり遅らせたりすることも重要である。
 次に、膝かけ回転をしている最中である主要局面において、ラートの回転スピードや自身の位置を感じることが必要であり、それに応じて膝かけ回転2回の収め方を変化させることである。具体的には、膝かけ回転2回を終了する時点で自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えていない場合は、後方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。反対に自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えている場合は、前方のリングを掴んで膝かけ回転を収めるようにする。

4.考察

 筆者の習熟過程から明らかになったDKUの技術ポイントを順に以下で考察していく。1つ目は上昇期において図12のような姿勢で、矢印の方向に身体を引き上げることである。


図12 身体を後方斜め上方向に引き上げる姿勢

 上昇期において、ラートの回転を妨げる動きをしたり、逆にラートの回転を加速させ過ぎる動きをしたりすると上方局面で膝かけ回転を2回実施できなくなる可能性がある。それらを防ぎ、程よいスピードの中で膝かけ回転を実施するためには、図12のような姿勢になることが重要である。このとき、ただこの姿勢になるという意識だけではなく、ラートの回転スピードを感じてラートの回転と自身の上昇に合わせて、みぞおちのあたりを意識しながら身体を引き上げていくといった感覚が必要となる。
 また、この動作は直後に実施される膝かけ回転に大きな影響を与える。膝かけ回転は、回転の開始時に腰が下に落ちて、膝、腰、肩を結ぶ角度が小さくなると、身体が力んでしまい回りきることができない。しかし「上昇期においてラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げる」ことで、その問題は解消され、回転の開始時に肩が上がったり、膝関節が屈曲しすぎたりしないでリラックスして身体を大きく使うことができるようになり、力ずくではなく自然に回ることができるようになる。
 次に上昇期と主要局面においてラートの回転スピードや自身の体勢、位置を敏感に感じ取り、それに応じて主要局面における動作を変化させることである。ラートは円形で常に回転する器具である。その回転のスピードは、器具の重量、床の材質、前に実施する技の質などによって簡単に変動する。そのため、ラートの回転スピードや状況を瞬時に感じ取り、それに応じてその後の動きを変化させることがDKUを成功させるためには重要である。
 具体的には、上昇期における動感から「ラートを進めたい」と感じた場合は、膝かけ回転の開始を遅らせ、且つ回転の前半に膝かけ回転を加速させることで、ラートを進めることができる。反対に「ラートを進めたくない」と感じたときには膝かけ回転の開始を早くし、且つ回転の後半に膝かけ回転を加速させることでラートのスピードを減速させることができる。膝かけ回転の2回転目においても同様に動作を変化させることができる。また、2回転した後にもラートを進めたい場合には後方のリングを掴んで体重を後ろにかけることができ、ラートを進めたくない場合は前方のリングを掴むことで加速を抑えることができる。
 このような動感と動作の変化のさせ方を運動の経過に沿って図で示すと、図13のようになる。この図中の白抜きの矢印は、上昇期、主要局面において感じる様々な動感から「ラートを進めたい」と感じた瞬間に選択する動作を示していて、白抜きではない矢印は「ラートを進めたくない」と感じた瞬間に選択する動作を示している。


図13 DKUの上昇期、主要局面における動感内容

 また図13は、あくまで上昇期、主要局面においてラートの回転スピード、自身の体勢や位置を感じ、それに応じて変化させる動きの内容を分かりやすくまとめた図である。実際にはこの図のようにいくつかある選択肢の中から動作を選んでいるというよりは、上昇期や主要局面において何かを感じた瞬間にほぼ自動的に次の動作を変化させている。
 
 
III.結論

 本論では、ラート運動の直転種目におけるDKUの技術ポイントを明らかにするため、実際にこの技を習得している筆者の習得・習熟過程を発生運動学的な視点から分析、考察をした。これによって以下のことが技術ポイントとして抽出された。

・ 準備局面の上昇期において、ラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げること

・ 準備局面の上昇期および主要局面において、ラートの回転スピード、自身の体勢や位置を感じて主要局面における動きを以下のように変化させること

Ⅰ)膝かけ回転2回の開始のタイミング
 ラートの回転スピードが遅い場合は、膝かけ回転開始のタイミングを遅らせる。反対にラートの回転スピードが速い場合は、膝かけ回転開始のタイミングを早める。

Ⅱ)膝かけ回転の回転を加速させるタイミング
 ラートの回転スピードが遅い場合は、膝かけ回転を加速させるタイミングを早くする。反対にラートの回転スピードが速い場合は、膝かけ回転を加速させるタイミングを遅くする。

Ⅲ)膝かけ回転2回の収め方
 膝かけ回転を2回終了した時点で、自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えていない場合は、後方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。反対に自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えている場合は、前方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。
 
 
Ⅳ .文献

・堀口文(2013):ラート競技の跳躍種目における“乗り技術”に関する発生運動学的考察, 平成24年度筑波大学卒業論文
・IRV(国際ラート連盟)(2013):Straight-line Difficulty(D)2013.
・金子明友(2002):わざの伝承, 明和出版.
・金子明友(2005):身体知の形成(上),明和出版.
・北島瑛二(2016):ラート競技の直転種目における“前回りカット”の技術分析-直転種目上位選手を対象にして-,平成27年度筑波大学卒業論文.
・クルト・マイネル(著), 金子明友(訳)(2000):マイネル・スポーツ運動学, 大修館書店.
・本村 三男,大塚 隆編(2011):ラート用語集2011, 日本ラート協会.
・大塚 隆,本谷 聡編(2015):ラート競技採点規則2015, 日本ラート協会.
・大塚 隆,本谷 聡編(2015):ラート競技難度表(直転)2015.3, 日本ラート協会.

 

幼児の主体的な運動活動を支える指導者の役割

 
幼児の主体的な運動活動を支える指導者の役割
−保育所における体操教室からの一考察−

The Role of Coach to Support the Subjective Physical Play Activities of Young Children
– A Case Study of Gymnastics Class in Nursery School –

古屋朝映子(川村学園女子大学,筑波大学大学院)
長谷川聖修(筑波大学)

Saeko Furuya (Kawamura Gakuen Woman’s University / University of Tsukuba, Graduate School)
Kiyonao Hasegawa (University of Tsukuba)

 

[Abstract]

  In early childhood, it is necessary to experience various movements subjectively. Coaches need to devise environmental compositions for movement, and roles other than just to teach activities directly.
 This study focuses on “free time,” using gymnastics as a tool in physical play activity classes for five-year-old nursery school children. This study discusses the coach’s conduct during the free time.
 Young children’s physical play activity environments should be built for not only the coaches’ purposes or intentions, but also for the children’s interaction with their created environment. Children, environments, and coaches form a circular interrelationship, suggesting that it may be necessary to consider these as one “gestalt.”

Keywords : young children, physical play activity, subjectivity, the role of coach


I .はじめに

 幼児を取り巻く社会環境の変化による体力低下の問題を受け,文部科学省により策定された幼児期運動指針(文部科学省,2012)では,「幼児が自発的に取り組む様々な遊びを中心に体を動かすこと」および「幼児が自発的に体を動かしたくなる環境の構成を工夫すること」の重要性が述べられている.また,保育所保育指針(2017)においては,「子どもが自発的・意欲的に関われるような環境を構成し,子どもの主体的な活動や相互の関わりを大切にすること」という保育所保育に関する基本原則の上で,領域「健康」において,「自分から体を動かすことを楽しむ」ことがねらいとして掲げられている.以上より,幼児期の運動指導においては,運動に対する幼児の主体性注1)を尊重することが重要であると言える.
 幼児の主体性を尊重しつつ多様な動きを経験させるためには,幼児が運動環境注2)に対峙した際に,経験させたい動きが引き出されること,すなわち幼児自らがその環境が持つ行為可能性を知覚し動きを創造する活動が必要である.そしてその際に指導者は,経験させたい運動内容そのものを直接教示するというよりもむしろ,経験させたい動きが引き出される環境構成を工夫することが重要であると考える. しかしながら,実際の保育施設における運動指導では,画一的や一律的な運動指導が散見されるのが現状である.幼児期における運動の一斉指導においては,運動に対する否定的な自己概念の形成が懸念されている(吉田,2014).また,一律的な運動指導を取り入れている幼稚園の方が,取り入れていない園に比べて,幼児の運動能力が低いという研究結果(杉原,2008)も報告されている.
 多様な動きの経験を担保しつつ,幼児の主体性を尊重する運動環境においては,指導者は運動内容の直接的教示者ではない役割を担う必要があると考える.そこで本研究では,幼児が主体的な活動の中から多様な動きを経験することを目的とした体操教室における,用具を用いた自由な活動時間に焦点を当て,その際に必要な指導者の役割に焦点を当てて省察した.これにより,幼児期の運動指導における,人的環境としての指導者の役割に関する実践的知見の獲得を本研究の目的とした.

 

II .事例の呈示

1.研究対象および研究主体者
 本研究では,研究主体者である筆者が,2016年9月および10月に実践した,保育所での体操教室の指導に関する内容を研究対象とした.
 筆者は,体操(Gymnastics for All)を専門とした若手の大学教員であり,保育者養成の学科にて,幼児体育関連の科目を中心に担当している.また,学生時代より幼児への体操指導に従事しており,事例の収集時においても定期的および不定期的な幼児への体操指導を実践していた.

2.指導対象
 指導対象は, A保育園の5歳児クラスの幼児22名(男児7名,女児15名)であった.筆者は2016年4月より,外部指導者として同保育園の5歳児クラス全員を対象として体操教室の指導を実践していた.本体操教室は,正規の保育内容の一環として,1年間に渡り月に1回(年間10回)のペースで開催されていた.開催日時は平日の10:00~11:00の1時間であり,保育園の多目的ホールでの活動であった.指導者は筆者であり,筆者の他に指導補助として担任保育士1~2名が教室に参加していた.
 なお,体操教室の実践を研究の対象とすることについて,A保育園の園長および対象とした幼児本人とその保護者に対し,書面と口頭にて同意を得た.

3.体操教室の活動内容
 体操教室の活動目的は,「様々な用具を活用した動きの実践を通じて,多様な動きを経験すること」および「自ら運動内容を創意工夫し,運動にチャレンジする態度を養う」ことであった.よって,体操教室における活動は,ある特定のスポーツ技術・技能の習得に主眼をおいたものではなく,体操を通じて「自分の体を十分に動かし,進んで運動しようとする(保育所保育指針,2017)」力を育むことを目的としていると言える.
 また,下記の三つを筆者の指導理念として掲げ,活動した.
① 運動の「できる」・「できない」にこだわりすぎず,幅広い運動経験を積むことを第一の目的とする.
② 自己決定的な活動を取り入れることで,主体的に活動する姿を尊重する.
③ 一切の危険を排除することが最も危険なことであると捉え,適切な安全管理のもと,幼児自身に運動時の危険や現段階における運動能力の限度を認識させる.
 なお,上記の「目的」および「指導理念」については,年度はじめに保育園宛に書面および口頭にて示し,理解を求めた.
 体操教室の活動は,基本的には一斉指導が中心であったが,一斉指導による活動の前に,使用する用具における安全上の留意点について「お約束」を確認した後に,まずは指導者側から動きの内容を呈示することなく,約10分間自由に用具を使用して活動する時間を設けた.(参考までに,本研究において対象とした2016年9月および2016年10月の活動内容の詳細を表1および表2に記載した.自由な活動時間は,表1および表2の導入部分「何ができるかな?」の時間:□(黄色)の部分に相当する.)これは,自由な活動時間の中において,幼児は指導者の適切な援助のもと,主体的に運動活動を実践するであろうという筆者の仮説のもと実践した活動であり,いわば,幼児自らが「環境の持つ行為可能性を知覚し動きを創造する」という,運動への主体性を育むための「仕掛け」としての位置付けであったと言える.また,指導者が幼児の興味・関心の所在を把握し,次におこなう一斉活動の内容へと反映させる目的もあった.


表1 いろいろマットを使った活動


表2 新聞紙を使った活動

 
III .エピソードの呈示と考察

 本章では,用具を使用した自由な活動時間(表1および表2の導入部分「何ができるかな?」の時間)に焦点を当て,その中で筆者が「多様な動きを引き出す」ことをねらった幼児への働きかけのうち,印象に残った2例について,鯨岡(2005)が提唱するエピソード記述を用いて呈示した.エピソードの内容について脱自的に省察することにより,幼児の主体的な運動環境を促すための指導者の役割について,考察をおこなった.エピソードの作成に際しては,筆者が指導者として活動を共にする中での参与観察の記録に加え,活動の様子を1台のビデオカメラにて撮影した映像記録を,補助資料として使用した.
 なお,考察においては,脱自的な考察を心掛ける視点から,研究主体者を「筆者」ではなく「指導者」という書き方で統一することとする.また,考察中の下線は,エピソード中からの引用である.

1.「いろいろマット」を使った活動(2016年9月)
【背景】
 体操教室4回目.使用する用具は「いろいろマット」であった.この用具は筆者が黄色と赤色のヨガマットを大人の手のひらサイズの三角・四角・星型・丸型・菱形に切り取った,手作りの用具である.マットは,各色・形10枚ずつ計50枚あり,幼児全員が1枚ずつ以上使用できる数を揃えてあった.いつものように用具を袋から取り出し注3),どのような色や形があるかについて問いかけ,言葉の学習とともに用具への興味を引き出すように努めた.その後,マット全てを袋から出してフロアの中央に置き,自由に遊んでよい旨を伝えた.

【エピソード1:「遊びの伝染」の媒介者】
 フロアに広げられた様々な形のマットを囲んだ幼児は興味津々な様子で、筆者の「どうぞ,お使いください」の掛け声を聞くや否や,皆一斉にマットに飛びついていった.筆者の「なにしようかな,みんな?」の問いかけは,全く耳には届いていなかったようである.「ぼくは,これ!」「ちょうだい,ちょうだい!」「こっちにも,かして!」...と,各自色々と言いながらマットを選ぶ幼児を見て,担任保育者は「すごい,群がっていますね,魚のように...」と横にいた筆者に呟いた.
 思い思いのマットを手に取った幼児たちは,自然と3~4名ずつのグループに分かれ活動を開始したが,中には一人で数枚のマットを所有する姿も見られた.どの幼児も,マットを形ごとに重ねたり並べたりする活動や,形の違うマットを床に並べて「家」や「車」といった造形を作る活動,マットを「パン」と「具」に見立てて「サンドウィッチ」を作る活動等,静的な活動内容であった(写真1).筆者はこの活動が体操教室であることから,何か動的な活動に結びつく幼児はいないかと思いながらも,もう暫く様子を見守ることとした.
 自由な活動を始めてから3分程経った時,4人グループで遊んでいた1人が,手に持っていた数枚のマットを両手で空中に放り投げた.それを見た同じグループのもう1人も真似をしてマットを投げ始めた(写真2).2人は床に散らばっているマットを拾っては上に投げ上げ,また拾っては投げる行為を繰り返した.マットが身体に当たっても痛くないからか,自ら落ちてくるマットに当たりに行くような動作もみられ,どんどん動きがダイナミックになっていった.この時,筆者はこの2人に1)背を向けた状態で他の幼児と関わっていたため, 2人の動きにはまだ気がつかなかった.
 2人がマットを投げる動きを始めてから1分半程経った後,筆者はやっと2人の動きに気がついた.「これはチャンス!」と思った筆者は,他の幼児と関わりながらも2人に目をやり,2)「ああ,投げるのも楽しいかもね」と全体に聞こえる声で言い,自らもマットをフライングディスクの様に投げてみせた.するとそれを見た他の幼児が1人,2人と真似をしてマットを投げ出した.そして,マットを投げている仲間を見て,その他の幼児たちもマットを投げる動きを開始した.


写真1 静的活動の様子

 

写真2 一部の幼児がマットを投げ始めた様子

【考察】
 本エピソードは,「いろいろマット」を使用した自由な活動時間において,造形的な静的活動であった集団に対し,一部の幼児が始めた「マットを上に投げる」という動きに着目した指導者が,「声」と「動き」にて,マットを投げる動きを全体に広めることができた事例である.
 幼児の遊びの広がりについて, ある一人の動きが他児へと伝播していく現象が見られることがあり,このことを(山本,2001)は,「遊びの伝染」と称している.本事例においても,結果的には「遊びの伝染」が発生したといえるが,エピソード内の2)「ああ,投げるのも楽しいかもね」と全体に聞こえる声で言い,自らもマットをフライングディスクの様に投げてみせた」にみられるように,指導者の言動が大きく作用していた.つまり本事例では,「遊びの伝染」のきっかけは指導者の言動であり,指導者は「遊びの伝染」の媒介者としての役割を担っていたと捉えることができる.
 本事例の場合,指導者の言動がなくても,幼児自身が他の幼児の動きに直接反応して,マットを投げる活動が広がっていった可能性もある.しかしながら,多くの幼児が床にマットを置き,下を向いて仲間の動きが視界に入りにくい状態で活動していたことを踏まえると,そのまま静的活動が持続していた可能性も大きい.また,体操教室という枠組みの中においては,活動内容を動的な内容に発展させる必要があり,幼児の嗜好性に任せた動きのみにその場を委ねていたのでは,活動内容が指導者のねらった動的な活動に移行させることはできないかもしれない.これらの観点から,本事例において指導者の言動は,幼児の動きを全体に広げる役割として有用であったと考えられる.
 しかしながら,本事例において反省すべき点もある.一部の幼児がマットを投げ始め,その動きが次第にダイナミックになっていった訳であるが,当初,指導者はその幼児に「1)背を向けた状態で他の幼児と関わっていたため, 3人の動きにはまだ気がつかなかった」.(このことは,参与観察では把握し得ない事であるが,補助資料として撮影した映像にて,確認することができた.)幼児は何か目をひくようなことや面白そうなことが起こると,すぐに振る舞い(遊びの内容)を変えてしまう,すなわち「気まぐれ」(氏家,1996)であるため,指導者がマットを投げる幼児に気づくのがもう少し遅かったとしたら,当初マットを投げ始めた幼児の動きは次に移ってしまい,本事例のような成り行きにはならなかった可能性がある.また,マットを投げる動きが集団全体に広まる中で,一部の幼児は静的活動を継続していたため,投げたマットがそれらの幼児に当たってしまったり,ダイナミックに動く幼児と床に座って活動する幼児とがぶつかりそうになってしまったりという,安全管理の面で改善すべき事象もみられた.これらのことから,本事例のような幼児の自由意思による活動の場合は,特に指導者は個々の幼児の動きに意識を向けると同時に,集団全体の活動の流れを俯瞰することが重要であると言える.
 
2.新聞紙を使った活動(2016年10月)

【背景】
 体操教室5回目.この日は,新聞紙を使用した活動を実践した.新聞紙は多様な用具特性を有し,入手しやすい日用品であるため,保育現場においては運動活動だけではなく,表現活動や造形活動等,様々な場面で活用されている.指導対象の幼児は,体操教室で新聞紙を扱うのは初めてであったが,通常の保育においては,過去に何度か新聞紙を使った活動を経験していた.
 新聞紙を用いる旨を伝え,「今日は何して遊ぼうかな?」と問いかけると,「ビリビリ破る」「折り紙」「魔法の布みたいに使う」注4)...と各々が過去に経験したと思われる活動内容を口にした.筆者は,「みんなは,この新聞紙が1枚あったら,どんなことができるかな?先生も考えているのだけど,みんなも一緒に考えてくれるかな?」と問いかけて活動を開始した.

【エピソード2:動きを発展させようとしたけれど...】
 1人1枚の新聞紙を手にした幼児は,各々ホールに散らばって活動を開始した.1人で活動する者と複数人で活動する者といたが,その大半が,床に新聞紙を置き,「折り紙」として新聞紙を活用していた.そのうち, 3名が「マント」のように新聞紙を羽織って,フロアを走り出した.それと同時刻に,別の3名が「お布団みたい」といって新聞紙を布団に見立てていた(写真3).筆者は,以前実践した布を使った活動での内容を覚えているのかな,と少し嬉しく思いながら,このあとの活動の展開について考えながら,全体を俯瞰していた.
 自由な活動を始めてから4分程経った時,「布団」の見立て遊びをおこなっていた3名の隣にいた1名が,「ボール作ったよ!」と近くにいた担任保育士に言いながら,新聞紙を半分に破いてボールを作り,投げ始めた.すると,見立て遊びをしていた幼児らも新聞紙を丸めてボールを作り,真上にボールを高く投げ上げ,それをキャッチし始めた.そして,1)「先生,見て!すごいでしょう!」と,筆者に報告しに来た.
 筆者は,2)もう少し動きを発展させようと思い,ボール投げをしていた幼児を含めた数名に対し,1人が投げたボールを2人で広げた新聞紙でキャッチする動きを提案し(写真4),3)一緒にやってみせた.しかしその動きは幼児に受け入れられることはなく,筆者が4)他の幼児のところへ移動すると,他の動きをはじめ,筆者が提案した動きがそれ以上発展することはなかった.


写真3 指導者が介入する前の幼児の様子

 

写真4 指導者が動きを提案している様子

 
【考察】
 本エピソードは,新聞紙を使用した自由な活動時間において,丸めた新聞紙で作ったボールを真上に高く投げ上げ,自らそれをキャッチしている幼児に対し,他者が投げたボールを2人で広げた新聞紙でキャッチする動きを提案したが,その動きが幼児に受け入れられず,動きが発展しなかったという事例である.
 この事例において,指導者の提案が受け入れられなかった要因は何であろうか.その要因を考えることを通じて,指導者の役割について考察したい.
 まず一番の要因として,幼児の動きに対する嗜好性(幼児が「やりたい!」と思った動き)と指導者が提案した動きの内容とのズレが挙げられる.幼児から発生した動きと指導者が提案した動きは,運動構造とそこに発生する「おもしろさ」注5)が異なる.ボールを真上に投げ上げ,自らそれをキャッチする動きにおけるおもしろさは,投球の距離と捕球の成否にある.一方,他者が投げたボールを2人で広げた新聞紙でキャッチする動きは,ボールを投げる者においては,「的当て」のようにボールをコントロールして投げること,新聞紙でボールをキャッチする者においては,位置をコントロールしながら新聞紙でボールを受け止めることにおもしろさがある.また,複数人で協力することで成立する動きであるため,動きの内容そのものによるおもしろさに加え,協同的な活動に伴うおもしろさも存在する.真上に高く投げ上げたボールをキャッチする動きについて,対象とした幼児は,1)「先生,見て!すごいでしょう!」と指導者に報告しに来ていたことから,幼児はボールを高く投げること,そしてそれを自らキャッチすることにおもしろさを見出していたと推察される.そのような幼児に対し,指導者が2)もう少し動きを発展させようと思い提案した動きは,運動構造そのものが異なっていた上に,他者との協同作業という新たな要素が加わったため,幼児にとっては動きの発展ではなく,全く別の動きとして捉えられた可能性がある.
 幼児の協同性は,「物の世界での物に応じた動きと,相手の身体的動作に呼応した動きを基本に持ち,それが小さな定型的なまとまりを作りつつ,それが連鎖するときに他の関連したりしなかったりする動きが入ってきて,揺れつつ,実現するもの」(無藤,1997)であることより,本事例の場合,まずは,「物の世界での物に応じた動き」(すなわち,ボールをコントロールして投げる動き・位置をコントロールしながら新聞紙でボールを受け止める動き)を1人で経験した上で,「相手の身体的動作に呼応した動き」(すなわち,指導者が実際に提案した,複数人での協同作業)に移行すべきであったと考える.
 二つ目の要因として,提案の方法に問題があったことが考えられる.指導者は,提案した内容を3)一緒にやってみせた後,すぐに4)他の幼児のところへ移動してしまった.新聞紙で作成した軽いボールとはいえ,新聞紙を破くことなくボールをキャッチするためには,新聞紙を持った2名が協力し,ボールの重さを受け止める技術が必要である.またボールを投げる側も,力一杯投げるのではなく,広げられた新聞紙に向かって「そっと」投げる技術が必要である.指導者はこれらの提案した動きについて一緒にやってみたものの,幼児に動きの「コツ」を示唆することなく,動きの内容のみを提案してその場を離れてしまったため,幼児だけでは活動が上手く成立しなかった可能性がある.実際,指導者と一緒にやってみた際にも新聞紙が少し破れてしまっていたため,その時点で「難しい動き」と捉えられ,そこから幼児のみで動きを工夫し,活動を成立させるのは難しかったのであろう.

 
 
IⅤ.総合考察

 本研究は,幼児が主体的な活動の中から多様な動きを経験することを目的とした体操教室における,筆者の指導実践の報告をおこなうとともに,2つのエピソードから,指導者の役割に焦点を当てて省察することを目的としたものであった.
 2つのエピソードはともに,指導者が設定した用具を使用した幼児の自由な活動の中における,指導者の幼児への働きかけの場面を抽出したものである.エピソード1は,一部の幼児に発生した動きを指導者の言動を媒介として集団全体に広げ,集団全体の活動を展開させることができた事例であった.一方でエピソード2は,指導者が動きを発展させようとして新しい動きを提案したが,幼児にその提案が受け入れられず,活動が発展しなかった事例であった.
 体操教室(すなわち,動的な身体活動をおこなう場)という枠組みの中で,集団全体が「多様な動きを経験する」という点においては,指導者は,活動の主体である個々の幼児から発現した動きを把握し,全体へと広めること,また新たな活動への展開へと導くことが必要であると考える.しかしながら,その際に指導者自身の意図(=経験させたい動き)が最優先されて活動を展開してしまったのでは,時として,幼児の主体的な運動活動を促すという体操教室本来の目的が達成できないこともある.河邉(2014)は,運動遊びに対する保育者(本研究においては指導者)の援助のあり方について,「よい観察者」であることを挙げており,どのようなおもしろさに動機づけられているかを見ること(内面の文脈を読み取ること)の重要性を述べている.指導者は,対象とする幼児への観察を十分に行った上で,指導者自身の意図だけではなく幼児の動きの内容に対する嗜好性も鑑みた上で,活動の内容を選択し,幼児の主体性と指導者の経験させたい動きとの兼ね合いの中で,対象にふさわしい提案方法をする必要があることが,本事例からの学びである.
 幼児の主体性と指導者の経験させたい動きとの兼ね合い,という点において,指導者は,運動環境において幼児が何を「知覚」し,どのような「動き」を表出しているか,またそれがどのように新たな環境へと「発展」しうるかについて知覚(=認識)することが求められる.すなわち,指導者が構築する幼児の運動環境は,幼児が作り出す環境との相互作用の中で構築されており,指導者と指導環境(すなわち,幼児にとっての運動環境)には,円環的な相互関係が存在すると言える.一方で,長谷川(2016)は,幼児の運動と環境との関係性について,「多様な場づくりによって子ども自らが動き出し,動きが新たな環境をつくり上げ,さらに動きの世界が広がっていく」と,幼児と運動環境との円環的相互関係について指摘している.また,鯨岡(2011)は,幼児が「学ぶ」ことと大人が「教える」ことについて,「『学ぶ』と『教える』は本来,子どもと大人の『学ぶ−教える』の関係として繋がっているはずで,その一方だけを切り離しては考える事のできないもの」であると述べている.以上を踏まえると,幼児の運動環境においては,「指導者−(指導)環境」または「幼児−(運動)環境」という二項間の相互関係だけではなく,「幼児−環境−指導者」という三項間の円環的相互関係が存在するという仮説が成立する(図1).言い換えれば,運動環境の構築という観点において,幼児と指導者との環境を媒介とした相互主体的な関係性が示唆される.


図1 幼児-環境-指導者の円環的相互関係

 本研究において,幼児の運動環境における「幼児−環境−指導者」の円環的相互関係を具体的に示すことはできない.今後は,本研究の結果を踏まえ,幼児の運動環境における「幼児−環境−指導者」の円環的相互関係について,一つのゲシュタルトとして関係論的視点から検討したい.
 また,本研究は,指導者である筆者自身の省察に焦点を当てた研究であるため,エピソード記述の内容および考察は,他者とのグループディスカッションやケースカンファレンスといった形式での,省察の共有過程を経て得られたものではない.鯨岡(2005)が,エピソード記述の妥当性および信頼性獲得の手続きについて,「理想的には,他の人と同じ場面を観察(経験)しているときに,そのエピソードを取り上げ,それを記述し,その記述をその場を共有した人に吟味してもらうというのが,その描かれたものの妥当性や信頼性に繋がる最良の手続きである」と述べていることからも,今後は省察の共有をおこない,エピソード記述における一般性に当たる了解可能性の獲得に向けて,記述の内容および考察を深めていきたい.

 

注記
注1)幼児期運動指針(文部科学省,2012)にも示されているように,幼児の運動は「遊び」を中心におこなわれるべきものであるとされている.「遊び」の概念や定義は様々な学問分野において諸説あるが,杉原ら(2014)によれば,遊びは「自己決定と有能さの認知を追求する内発的に動機づけられた状態である」という.活動が自己決定的であるためには幼児の取り組みの姿勢として,決められた内容への積極性はもとより,実践内容を自ら創り出していくというニュアンスが含まれる必要があると考える.また,運動環境に幼児が対峙した際に,経験させたい「動き」が引き出されることは,すなわち幼児自らがその環境が持つ行為可能性を知覚し「動き」を創造することである.その意味で,幼児期運動指針においては,幼児が運動に取り組む姿勢について,「自発(的/性)」という言葉を使用しているが,本研究においては「主体(的/性)」という言葉を使用することとする.

注2)保育所保育指針(2017)第1章総則では,保育の環境について,「保育士等や子どもなどの人的環境,施設や遊具などの物的環境,更には自然や社会の事象がある」と明記されている.本研究においては,「運動環境」を人的環境・物的環境・事象,更にはこれらの環境を活用した指導内容を含む,幼児の運動活動に伴う全ての事象の総称として捉えた上で,論を展開する.

注3)本体操教室において用具を呈示する際には,基本的に毎回同一の袋に入れ,まずは中身が見えないようにした状態で幼児の前に呈示していた.そして「今日のお道具はなんでしょう?」と問いかけながら,幼児に袋の上から触らせたり,「ちらっと」見せたりしながら用具への興味を引き出すように心掛けた.

注4)2016年6月の体操教室において,150cm×90cmのサテン生地でできたカラフルな布を使った活動をおこなった.「魔法の布を使おう!」というテーマのもと,布をマントに見立てなびかせたり,布の上に乗って引っ張ったりと,様々な動きを展開した.新聞紙と布は素材が異なるものの形状が似ていたため,幼児は以前の活動内容を思い出したようであった.

注5)岡野(2015)は,学校体育における運動の「おもしろさ」について,単に「できるようになることが楽しい.だからできないとおもしろくない」というような,教師の中に固定化された概念ではなく,運動内容そのものが持つ「技術+意味」,すなわち運動のAuthentic(真正な・本物の)なおもしろさが「運動の中心的なおもしろさ(文化的価値)」であるという概念を示している.本研究における「おもしろさ」も,この概念を示すものとする.
 

文献
・長谷川聖修(2016),たくましい子どもを育む「プレ(イ+トレ)ーニングのすすめ」.たくましい心とかしこい体−身心統合のスポーツサイエンス−,征矢英昭・坂入洋右編,p.130,大修館書店:東京
・厚生労働省(2017),保育所保育指針
・鯨岡峻(2005),エピソード記述入門,東京大学出版会:東京
・鯨岡峻(2011),子どもは育てられて育つ−関係発達の世代間循環を考える,p.192,慶応義塾大学出版会:東京
・文部科学省(2012),幼児期運動指針
・無藤隆(1997),協同するからだとことば−幼児の相互交渉の質的分析.認識と文化2,田島信元・無藤隆編,p.180,金子書房:東京
・岡野昇(2015),体育における対話的学びのデザイン.体育における「学びの共同体」の実践と探求,岡野昇・佐藤学編,pp.46-57,大修館書店:東京
・杉原隆(2008),運動発達を阻害する運動指導.幼児の教育,第107巻,第2号:16-22
・氏家達夫(1996),子どもは気まぐれ,pp.12-34ミネルヴァ書房:京都
・山本登志哉(2001),幼児期前期の友達関係と大人の関わり:遊び集団ができるまで.発達心理学,無藤隆編,pp.58-60,ミネルヴァ書房:京都
・吉田伊津美(2014),子どもの身体活動と保育.子ども学,白梅学園大学子ども学研究所「子ども学」編集委員会編,pp.146-147,萌文書林:東京

 

大型ボールの新しい利用方法の開発
~高齢者も安全に活用できるダイナミックボール~

大型ボールの新しい利用方法の開発
~高齢者も安全に活用できるダイナミックボール~

Development of new usage of a large ball
– dynamic ball,safe for the elderly –

大竹 佑佳(女子栄養大学)
金子 嘉徳(女子栄養大学)
鞠子 佳香(女子栄養大学)
長谷川 千里(東京女子体育大学)

Yuka Otake (Kagawa Nutrition University)
Yoshinori Kaneko (Kagawa Nutrition University)
Yoshika Mariko (Kagawa Nutrition University)
Chisato Hasegawa (Tokyo Women’s College of Physical Education)

[Abstract]

 Nowadays, health enhancement of the elderly has become a more and more important issue, and it is required to develop a method of exercise which is both safe and pleasant.
A large ball is popular as a tool for exercise, but due to its characteristics of the need for keeping balance, bouncing and rolling, some difficulties are encountered in applying it to group exercise in an exercise class for the elderly who have difficulty in keeping balance from the view point of assuring safety. We therefore developed a method of using a large ball for exercise which can be safely carried out in a group of elderly persons. It is “dynamic ball” which uses a tire and a large ball stacked together in two tier. We actually carried out an inquiry survey in cooperation with 50 middle-aged and elderly persons who participate in an exercise class at J university, who experienced the exercise. In the cohort under 74 years of age, 95% (39) of persons answered that the dynamic ball exercise was very pleasant or pleasant. In the cohort above 75 years of age 100% (9) of persons answered in the same way.
They also answered that the exercise was very safe, or safe for the elderly.

Keywords : the elderly, health enhancement, large ball, application to a group exercise


I .序論

 総務省統計局(2016)によれば,我が国は平成27(2015)年に65歳以上の高齢者人口が3,384万人となり,総人口に占める割合が26.7%という超高齢社会を迎えている。さらに2025年には団塊の世代が75歳以上となり,高齢化は今後さらに進むことが予想されている。このような中で,高齢になってからも介護の必要がなく自立した生活を送ることのできる健康寿命の延伸への取り組みがますます重要な課題となっている。それに伴い,今日,高齢者向けの健康づくり運動教室が増加し,様々な運動プログラムが提案されてきている。
一方,大型ボールは,Gボール,バランスボール,エクササイズボールなどの名称で広く親しまれている運動用具である。バランス能力を高める運動のほかに,ストレッチや筋力トレーニングにも活用されているほか,近年では姿勢の改善効果にも注目され,学校や家庭で椅子の代わりに利用される例もみられる。運動方法や運動効果については,池田・長谷川(2010),深瀬・本谷(2001)らの報告がある。このように大型ボールは,今日,多くの運動教室やフィットネスクラブ,学校,家庭での健康づくりに活用され,幼児の運動から高齢者の機能改善まで様々な世代に広がっている。この大型ボールの運動の大きな魅力は,上に座ってバランスをとったり,弾んだり,転がったりすることができるという特徴にある。しかしこのボールとしての特徴が,バランス能力が低下しつつある高齢者にとっては短所になり,転倒のリスクにつながることも考えられる。ボールの空気圧をゆるめる,床にマットを敷くなどの配慮や,補助者が近くで待機しサポートすることでリスクを軽減できるが,集団で運動する場合はスタッフの人数が限られているため,十分な安全確保に難しさも感じる。また,一般的に大型ボールの運動は一人一つずつ使用することが多いが,運動教室のような集団で利用したい場合は,予算が十分でないと大型ボールを人数分そろえることが難しく,全員が同時に運動する場合には広い場所も必要となる。これらの問題に対しても,一つのボールを複数の運動者で利用するような運動方法を取り入れることで,大型ボールの利用の可能性が広がるのではないかと考える。
そこで筆者らは,高齢者でも集団で安全に運動できる大型ボールの利用方法として,大型ボールとタイヤを二段重ねにし固定して運動を行う「ダイナミックボール」の開発を試みた。

II .目的

 本研究では,高齢者でも安全で楽しく体を動かすことのできる新しい大型ボールの利用方法として開発した「ダイナミックボール」と,その活用方法である「ダイナミック・ムーブメント」について報告するとともに,実際に運動教室で体験した中高年者へのアンケート調査よりその有用性について検討することを目的とした。

III .方法

1.「ダイナミックボール」と「ダイナミック・ムーブメント」の開発

(1)大型ボールとタイヤを2段重ねにした「ダイナミックボール」の開発
大型ボールの転がるという特性が高齢者の転倒のリスクにつながりやすいと考え,大型ボールを固定して使用することを考えた。そこで,大型ボール(75cm)をタイヤに重ねることで固定することにした。タイヤの穴に大型ボールがしっかりとはまり,タイヤの重みで安定した状態で設置できる。さらに写真1のように2段重ねにし,これを両手で持った太鼓のバチでたたく運動とすることにした。
これまでにも大型ボールをバチでたたくという大型ボールを太鼓に見立てた使い方は見られなかったわけではないが,2段重ねにしたものは見られない。2段に重ねたことについては,1段では下を向いた姿勢でボールをたたくことになるが,2段重ねにすることで上のボールが胸の高さとなり,安定した立位姿勢で目の前のボールをたたくことができるようになると考えたからである。また上下のボールを交互にたたくことで,体全体を使う立体的な運動をさせることが可能である。この大型ボールとタイヤを2段に重ねたものを「ダイナミックボール」と名付けた。


写真1 考案した「ダイナミックボール」

(2)「ダイナミックボール」を使った「ダイナミック・ムーブメント」の開発
この「ダイナミックボール」を使ってダイナミックに体を動かす運動方法「ダイナミック・ムーブメント」を考案した。高齢者が安全に実施できる運動を中心に,やや負荷のきつい運動や巧緻性の運動のバリエーションも考えた。
a)〈基本形〉(表1-1)
「ダイナミックボール」の前に安定した姿勢で立ち,上のボールをバチでたたく運動を〈基本形〉とした。
b)〈展開1〉(表1-1)
「ダイナミックボール」1つを使った立位姿勢の運動である。「腕回したたき」「ウエイブたたき」はその場で静止して行い,〈基本形〉に近く負荷の軽い運動である。「回転たたき」は「ダイナミックボール」のまわりを回る移動の運動が入り,さらに「ホップたたき」「しゃがみ立ちたたき」は腿上げやしゃがむ姿勢が入るので,運動者の様子を見ながら負荷を調節する。「片足上げクロスたたき」は片足を大きく上げる不安定な体勢になるため後期高齢者には難しいが,足腰のしっかりした前期高齢者や中年者以下向けの運動バリエーションとして考えた。

表1-1 ダイナミック・ムーブメント<基本形>と<展開1>:ダイナミックボール1個使用 

 c)〈展開2〉(表1-2)
「ダイナミックボール」2つを使った立位姿勢の運動である。「クロスたたき」「交互たたき」「前後たたき」「サイドバチたたき」「交互バチたたき」は,2つの「ダイナミックボール」の間に立って行う。「8の字たたき」は2つの「ダイナミックボール」の間の移動運動が入り,「ボール移動」はボールをバチで持ち上げ移動し弾ませる巧緻性も必要な運動であるので,運動者の様子を見ながら行う。

表1-2 ダイナミック・ムーブメント<展開2>立位:ダイナミックボール2個使用

 d)〈展開3〉(表1-3)
「ダイナミックボール」1つを使った座位姿勢の運動で,ボールに座って弾む,バランスをとるといった大型ボールの特長を生かした運動である。「座位はずみたたき」「座位からのジャンプたたき」はボールの上で軽く弾む,立ち上がるなど不安定な姿勢になるので,高齢者が行う時には注意が必要である。「座位バランス」「座りたたき」は,ボールの上でバランスをとる運動なので,中年者向けの運動バリエーションである。

表1-3 ダイナミック・ムーブメント<展開3>座位

 e)〈展開4〉(表1-4)
「ダイナミックボール」1つを使った巧緻性の運動である。「真上投げキャッチ」については,放り上げたバチを取ろうとして足元が不安定にならないように気をつける。

表1-4 ダイナミック・ムーブメント<展開4>巧緻性

(3)配置の工夫
「ダイナミックボール」の配置について図1に示す。〈基本形〉は,1つを1名または両側から2名でたたく。〈展開形〉は,〈基本形〉のまわりに正三角形に3つ配置するもので,集団で使用するときはこのように配置することで運動できる人数を増やすことができる。指導者は中央の赤いボールの位置で運動することで手本を示しやすい。また,移動の動きを加えることができるため,運動を複雑にすることが可能である。


図1 ダイナミックボール(重ね大型ボール)の配置

(4)認知症予防トレーニングとしての要素を含む活用法
楽しみながら認知症予防トレーニングにもなるような運動として,「連想ゲーム」「数字ゲーム」を考案した。2~4名で競い合うことでさらにゲーム性を増すことができる。
a)連想ゲーム
大型ボールのカラフルな色に着目し,指導者が「メロン」「ピーマン」など緑を連想するものを言ったときは緑のボール,「トマト」「人参」のような赤を連想する時は赤のボールをたたく。
b)番号ゲーム(写真2)
ボールに番号をつけておき,ランダムに指示される番号に素早く反応して,同じ番号のボールをたたく。また,指示された番号の組み合わせ(例えば「1,2,1,3」,「4,1,2,3」など)を決められた回数たたく。慣れてきたらボールの色と番号を混合させて行う。


写真2 高齢者を対象とした運動教室での実践

2.中高年者への運動指導とアンケート調査

平成28年7月2日,埼玉県S市J大学の地域の中高年者を対象とした運動教室で「ダイナミックボール」の運動を実際に指導し,体験した50名(男性6名・女性44名)に6問からなるアンケート調査票(記名式)に回答してもらった(回収率100%)。当日実施した運動内容は,3名程度のグループで「ダイナミック・ムーブメント」(表1-1~1-4)の高齢者欄に〇印のついている運動の中から5種目程度(各運動は動作を4回程度繰り返した。)と「番号ゲーム」をあわせて約5分間実施した。
対象者を中年者・前期高齢者の74歳以下群41名(男性4名・女性37名)と後期高齢者の75歳以上群9名(男性2名・女性7名)の2群に分け,「ダイナミックボール運動と普段の体の動きの比較」「ダイナミックボール運動の楽しさ」「ダイナミックボール運動の高齢者の安全性」「ダイナミックボール運動の再体験の希望」についてはクロス集計を行い、その後χ2検定を実施した。統計的有意水準はp<0.05に設定した。統計解析には,Excel 2010(Microsoft)とSPSS Ver.23(IBM)を用いた。倫理的配慮については,アンケート前に対象者に説明し同意を得たうえで調査を実施した。

IV .結果

「ダイナミックボール」の運動体験後のアンケート調査

(1)対象者の平均年齢
74歳以下群の平均年齢は,男性69.3±2.1歳,女性68.7±3.8歳で,全体では68.7±3.6歳であった。75歳以上群は,男性80.5±5.0歳,女性78.0±2.4歳で,全体では78.6±3.0歳であった。

(2)2群による比較
「ダイナミックボール」による運動は,日常生活より身体を大きく動かすことができたかについては,74歳以下群では95%(39名),75歳以上群では100%(9名)が「大きく動かすことができた」または「やや大きく動かすことができた」と回答し(図2),年齢群による有意な差は見られなかった(χ2=1.37,df=3,p=0.71)。
「ダイナミックボール」を楽しく行えたかについては,74歳以下群では95%(39名),75歳以上群では100%(9名)が「とても楽しかった」または「楽しかった」と回答し(図3),年齢群による有意な差は見られなかった(χ2=2.07,df=2,p=0.36)。

 

「ダイナミックボール」の運動を高齢者が実施する場合の安全性については,74歳以下群では95%(39名),75歳以上群では100%(9名)が「とても安全だと思う」または「安全だと思う」と回答し(図4),年齢群による有意な差は見られなかった(χ2=0.54,df=2,p=0.76)。
「ダイナミックボール」の運動を再体験したいかどうかでは,74歳以下群では93%(38名),75歳以上群では100%(9名)が「是非,再体験したい」または「再体験したい」と回答し(図5),年齢群による有意な差は見られなかった(χ2=3.08,df=2,p=0.21)。

 

(3)「ダイナミックボール」による運動効果
「ダイナミックボール」の運動でどのような運動効果が期待できるかを複数回答で尋ねたところ,「認知症予防トレーニング(脳トレ)」33名(66%)が最も多く,ついで「気分転換」「筋力アップ」「転倒予防」が多かった(図6)。

(4)「ダイナミックボール」体験後の感想

感想を自由に記述してもらったところ,「頭と体を使いとても楽しかった」(72歳女性),「これからもぜひやりたい」(70歳女性),「なかなか難しかった」(67歳女性),「機敏に動けてとても良い」(70歳女性),「瞬発力や判断力がつきそう」(72歳女性),「太ももが弱いのでスクワットすすめられているが,なかなかできなかったが,楽しみながらできとても良い」(62歳女性),「バランスをとる,脳を使う,動きが敏速になるので,筋力,転倒にも良いと思う」(63歳女性),「頭の運動にとても良い」(65歳女性),「脳トレに一番」(76歳女性),「リズム感が良くなる」(73歳女性)などの意見があった。

V .考察

1.「ダイナミックボール」の運動の特徴
高齢者にも安全に楽しく集団で使用できる大型ボールの運動として開発した「ダイナミックボール」の特徴を以下に述べる。
「ダイナミックボール」は,大型ボールとタイヤを重ねて固定したことで高齢者の転倒の危険を下げるとともに,ボールが移動しないので身体の動きが定まり,より的確な運動が可能となる。特に高齢者の運動では,安定した姿勢で安心して運動できることが重要であると考える。また,2段重ねにしたことで高さが生まれ,空間を移動する運動が可能となり,動きのバリエーションが多様に考えられる。
「ダイナミックボール」の大型ボールをたたくという運動は,山本ら(1995)が明らかにしている太鼓をたたくことによる心拍数の上昇と同様の効果が期待される。また,たたく運動は主に上肢を使い,上腕二頭筋,上腕三頭筋の運動にもなる。さらに「ダイナミック・ムーブメント」の中で示した通り,「ダイナミックボール」の周りを回って,配置の〈展開形〉で示したような正三角形に配置して位置移動を行うことで脚部の運動も可能である。
松本ら(2013)の研究では,高齢者のエクササイズ時に生演奏の音楽を使用すると視聴覚両面が刺激され認知機能の維持・増進に影響を与える可能性が示されている。「ダイナミック・ムーブメント」ではCD音楽を使っているが,音楽に合わせて高齢者自身がボールをたたいて音を出しており,聴覚だけでない刺激が同様に認知機能の維持・向上に貢献する可能性があるのではないかと推察する。また,同じボールを一緒にたたく,隣同士でボールをたたき合う運動を行うため,運動者同士のリズム感の共有や一体感も生まれやすいのではないかと考える。このことがコミュニケーションのきっかけとなることも期待できる。
野内ら(2014)は,高齢期になっても日常生活の中で認知トレーニングや脳トレゲームを実施することで認知機能の維持・向上の可能性があると述べている。「ダイナミックボール」を使った「連想ゲーム」や「番号ゲーム」では,指示された言葉から素早く色を連想したり,指示された複数の数字を覚えたりするなど記憶したり素早く判断してボールをたたくという身体だけでなく頭も使う工夫をした。レクリエーション的な要素が強いので運動者同士の会話の機会も増え,コミュニケーションの活性化にもつながることが期待される。

2.「ダイナミックボール」運動の体験後のアンケート調査結果による検証
74歳以下群と75歳以上群の回答の傾向は変わらなかった。特に今回の課題の一つであった安全性についての「高齢者が実施する場合の安全性について」の質問に対して,後期高齢者である75歳以上群でも「あまり安全でない」と回答した者はいなかった。「ダイナミックボール」が固定された運動用具であることと,2段重ねで胸までの高さをだしたことで日常生活と同じような生活動作のままいろいろな動きを体験することができたためと推察され,「ダイナミックボール」が高齢者においても安全に利用できることの示唆が得られた。
ほとんど全員が日常生活よりも大きく身体を動かすことができたと回答しており,ボールを太鼓のようにたたくことで運動者の気持ちに高揚感が生まれ,自然に大きく身体を動かすことができたのではないかと推察する。また安定した姿勢で運動できたことも安心して身体を大きく動かすことにつながったのではないかと考える。
楽しさや再体験の希望に対しても,ほとんど全員が楽しかった,再体験を希望すると回答しており,「ダイナミックボール」の運動が高齢者にとって楽しい運動体験となり継続につながる可能性があることが示唆された。
対象者には「ダイナミック・ムーブメント」と「番号ゲーム」を実施したが,体験後「ダイナミックボール」の運動効果として「気分転換」「筋力アップ」「転倒予防」よりも「脳トレ(認知症予防)」をあげる者の割合が高く,体験後の感想でも「頭の運動になった」「脳トレによい」「判断力がつく」のような意見が見られた。「ダイナミックボール」が高齢者の身体の運動だけではなく,認知症予防トレーニングとしても活用できる可能性が示された。

VI.結論

 大型ボールの運動を高齢者対象の運動教室でも安全に楽しく行うことができる新しい利用方法として,大型ボールとタイヤを2段重ねにした「ダイナミックボール」の運動を開発した。特徴は①ボールをタイヤによって固定したこと,②二段重ねにしたことで立位の姿勢で運動ができること,③ボールをバチでたたく太鼓の運動であること,④運動のやり方に認知症予防トレーニングの要素を入れることができることである。
実際に体験したJ大学の運動教室に参加している中高年者50名によるアンケート調査結果は以下の通りであった。

①74歳以下群の95%,75歳以上群では100%が,「ダイナミックボール」の運動は日常生活よりも「大きく」または「やや大きく」身体を動かすことができたと回答した。
②74歳以下群の95%,75歳以上群では100%が「とても楽しかった」または「楽しかった」と回答した。
③74歳以下群の95%,75歳以上群では100%が,高齢者が実施する場合「とても安全だと思う」または「安全だと思う」と回答した。
④74歳以下群の93%,75歳以上群では100%が「是非,再体験したい」または「再体験したい」と回答した。
⑤全体の66%が「脳トレ(認知症予防トレーニング)」になると回答した。

以上の結果より,「ダイナミックボール」の運動は,高齢者が楽しく安全に行うことができる運動であることが示唆された。
今後は,高齢者だけでなく子供から大人,障害者までの多世代が,安全で楽しく運動できる運動方法といえるかどうかを,運動強度についての科学的評価や多世代への介入研究による運動効果の検証等によって検討していきたい。また今回可能性が示された「ダイナミックボール」の認知症予防トレーニングとしての活用についてもさらに検証を行いたいと考えている。このような検証を行うと同時に,「ダイナミックボール」を活用したさらなる運動バリエーションの考案を試みながら,多世代に向けた健康づくりとして普及していきたい。

VII.引用文献

1)深瀬吉邦,本谷聡(2001),おとなのためのGボール運動遊び.ギムニク
2)池田延行,長谷川聖修(2010),乗って,弾んで,転がって!ちゃれんGボール―楽しく・なかよく・動きの基礎を身につける体育の授業―,明治図書出版
3)鞠子佳香,金子嘉徳,長谷川千里(2013),大型ボールを使用した運動の心理的効果に関する研究―二次元気分尺度測定による運動前後の気分変化に着目して―.体操研究,第10巻:1-8
4)鞠子佳香,金子嘉徳,長谷川千里(2012),大型ボールの身体的効果に関する研究―平衡性機能と姿勢保持のトレーニング効果に着目して―.体操研究,第9巻:9-17
5)松本裕樹,木場田昌宜,本山貢(2013),高齢者向けエクササイズにおける音楽演奏形態の違いによる認知症予防効果の比較―生演奏とCD再生演奏を比較して―.和歌山大学教育学部紀要,人文科学第63集:93-99
6)野内類,川島隆太(2014),脳トレゲームは認知機能を向上させることができるのか?.高次脳機能研究,第34巻第3号:63-69
7)総務省統計局,統計局トピックスNo.90統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)―「敬老の日」にちなんで―http://www.stat.go.jp/data/topics/topi901.htm(最終検査日2016/07/03)
8)山本博男,中神尚人,東章弘他(1995),和太鼓演奏における運動強度の基礎的実験研究.金沢大学教育学部紀要(自然科学編),第44号:11-15

 

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多様な年齢・体力レベルの中高年者を対象とした集団型運動教室の試み

多様な年齢・体力レベルの中高年者を対象とした集団型運動教室の試み

Attempt of an exercise class at middle-aged and elderly groups 
with different body strength levels

金子 嘉徳(女子栄養大学)
kaneko@eiyo.ac.jp
鞠子 佳香(女子栄養大学)
大竹 佑佳(女子栄養大学)
長谷川 千里(東京女子体育大学)

Yoshinori Kaneko (Kagawa Nutrition University)
Yoshika Mariko (Kagawa Nutrition University)
Yuka Otake (Kagawa Nutrition University)
Chisato Hasegawa (Tokyo Women’s College of Physical Education)

[Abstract]

 We hosted events where light exercise was infrequently implemented, once every 2 weeks, for 4 months. The events were held as a class for group exercise “Session 25 in new sports college” aiming at middle aged and elderly persons with a wide spectrum in age and body strength, in which participants without much body strength could safely join because only a low burden was required in the activity. We measured and investigated the body strength and ADL before and after the events for the subjects comprised of 56 persons (men 9 and women 47). According to the results, we grouped the subjects into 3 cohorts in accordance with age, and 3 cohorts in accordance with the body strength at the time of starting, and compared the results for each cohort. At the completion time, for women, the cohort with higher age tended to be lower in grip strength, one-leg standing time with eyes open, and gripping bar reaction time (p<0.05, p<0.001, p<0.01).
The grip strength for women was found to decrease as a whole irrespective of the results at the starting time (p<0.05, p<0.001), but as for the anteflexion in the legs-straightened seating posture, one-leg standing time with eyes open, and gripping bar reaction time, the cohort which was lower in body strength at the starting time tended to increase in ability, whereas the cohort which was higher in body strength at the starting time tended to decrease in ability. As for ADL, in women, the cohort with higher age tended to be lower in ADL, and both in men and women, the cohort which was higher in one-leg standing time with eyes open tended to be significantly higher in ADL (p<0.05, p<0.01, p<0.001).

Keywords : middle aged and elderly persons, a class for group exercise, light exercise, body strength, ADL

I .序論

 我が国の65歳以上の高齢者人口は,平成26(2014)年に過去最高の3.300万人となり,高齢化率26.0%という超高齢社会を迎え,厚生労働省・平成26年簡易生命表によると平均寿命は男性 80.50 歳,女性 86.83 歳となった。しかし健康寿命は平均寿命よりも約10年短く,そのことが大きな課題となっている。これに対して,国や各自治体をはじめとしたさまざまなところで健康寿命の延伸に向けての取り組みが進められ,平成18年度からは介護保険法の改正にともない,要支援・要介護状態等となる前に食い止める介護予防事業にもいっそう力が入れられるようになった。介護予防の運動についても,厚生労働省による「介護予防マニュアル」に従った運動機能の低下がみられる高齢者に向けた運動教室が各地で実施されるようになっている。
平成26年国民健康・栄養調査結果(厚生労働省)によると,男女とも65歳以上の高齢者の運動習慣者の割合は,20~64歳よりも多い。健康長寿の延伸のために自分の健康の維持増進に関心を持ち,毎日の食事や運動に気を配るような高齢者は,地域の運動教室への参加意欲も高く,運動の継続にも意欲的である。現在,多くの介護予防の運動教室で実施されている運動は,介護予防マニュアルの運動器の機能向上マニュアルで示されているようなロコモティブシンドロームやサルコペニアの防止を目的としたトレーニングが中心であり,理論に基づいた運動であることから意欲的に参加して継続することができれば成果が出やすい。しかし,運動に対して関心を示さない高齢者も多く,このような人達は運動教室からの呼びかけにもなかなか反応せず,また筋力トレーニングのように単調になりがちな運動を継続して実践することも得意ではない。このような運動に対する意欲や関心の薄い高齢者を含めた健康づくりが今後ますます課題となってくると予想される。先行研究でも,檜皮(2011)は,高齢者の介入運動では反復形式のエクササイズが実施される傾向がみられることを指摘しており,代ら(2008,2010)は楽しみながら身体運動を実施できるようなプログラム開発の必要性を述べている。
さらに2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢期を迎え,高齢者を対象とした運動教室への需要はますます増えていくことが予想される。後期高齢者は体力的な個人差も大きく,それぞれの体力や運動能力に合わせたきめ細やかな指導が理想である。しかし,増え続ける高齢者に対応するためには,そのような少人数制の運動教室の数を増やすという取り組みだけでは,指導者や会場に限界があることからも対応しきれなくなるという問題が出てくることも予想される。指導者の数の問題については,運動サポーターの養成なども行われつつあるが,やはり専門的な知識を持った指導者による指導は必要であり,一人の指導者が対応できることには限界がある。今後は,少人数でそれぞれの体力に応じた筋力トレーニングや転倒予防トレーニングなど介護予防に重点をおく運動教室を増やしていくだけではなく,元気な高齢者には,大人数で実施する運動教室を増やすことで対応していく必要があると考える。しかし,元気であっても個人差の大きい高齢者が対象であるので,集団型運動教室を安全に実施し,体力の維持向上に効果を上げるためには課題もあるものと考える。さらに,一般を対象とした運動教室では,中高年を対象に開講することも多く,個人差がさらに広がる場合もある。健康日本21(総説)でも述べられているように,身体機能が徐々に低下し,疾病の罹患も増加する中年期は,高齢期への準備期として重要である。この中年期から運動教室に参加し,継続することができれば,高齢期になってからの運動継続にもつながりやすいと考えられる。
筆者らは,平成15年から地域の中高年者を対象とした健康づくり運動教室「ニュースポーツ大学」を開講している。最初は参加者16名でスタートしたが,現在は約120名の参加者がある。参加者の年齢は50代後半から80代までと幅があり,それぞれの体力もこれまでの運動経験も異なる人々が対象であるため,安全に運動してもらうために軽運動を中心のプログラムを実施している。これまで,高齢者に対する筋力向上を目的としたトレーニングの運動効果は,新井ら(2003)や橋立ら(2012)をはじめとした先行研究によって科学的な根拠がそろいつつあり,介護予防の運動介入についても深作ら(2011)や福川ら(2008)をはじめ多く報告されているが,一般の高齢者を対象とした楽しみながら実践する軽運動プログラムによる効果の検証はまだあまりみられない。
そこで本研究では,年齢と体力に幅のある中高齢者の集団を対象に,軽運動を実施した「ニュースポーツ大学第25期」の運動教室前後の体力とADLを比較することによって課題を明らかにし,これからの中高齢者の集団型運動教室の方向性について検討することを目的とした。

II .研究方法

1.「ニュースポーツ大学・第25期」の概要

「ニュースポーツ大学」は,埼玉県坂戸市J大学・実践運動方法学研究室が平成15年から開講している地域の中高年者を対象とした健康づくり運動教室である(図1)。

1)開講日 第25期:2015年4月11日(土)~7月11日(土) (3か月間12回を一期として毎週土曜日に実施)
2)場所 J大学体育館やトレーニングルーム等
3)指導スタッフ 体操専門指導者(3名)と学生ボランティア(6~8名)
4)参加者 129名(男性23名,女性106名)
5)プログラムの特徴 運動と食事を組み合わせたプログラムであること
・誰でも楽しく実施できるニュースポーツをはじめとした軽運動が中心。
・運動前に当日のキャフテリアの定食についての栄養的な説明がある。
・運動後,参加者はキャフテリアで昼食をとることができる。
6)運営方法
(1)交代制
第25期は129名の参加希望者があり,会場の広さやスタッフの数に限りがあるため,プログラムの内容や安全管理上の理由によりすべての回で全員が一緒に運動することは困難であった。そのため,参加者を白組と赤組の2グループに分け,一部のプログラムを二組(白組と赤組)に分けて交互に参加する交代制とした。
(2)組み分け方法
1回目の最後に,半々に用意しておいた赤組用・白組用の出席カードを配布し,参加者がその場で日程や一緒に参加したい仲間との都合等を調整しあってカードを交換することで,参加する組を主体的に決定できるように設定した。
(3)運動参加回数
2週間に1回の計8回


図1 「ニュースポーツ大学」活動の様子
(左上から順に)①健康チェック②演歌による体操
③ニュースポーツ④カフェでの昼食
⑤第25期ニュースポーツ大学修了式

7)プログラム内容
(1)体調チェックと事前運動
運動開始前に必ず血圧測定を含む体調チェックを実施し,安全に運動できる体調であることを確認した。このため参加者には少し早めに体育館に来てもらっているが,先に体調チェックの終わった者は,映像による体操「エンカサイズ」,バドミントン,エアロバイク,バランスボール,お手玉,など自分の体力に合わせた運動ができるようにして余分な待ち時間をなくすようにした。
ニュースポーツ大学で毎回取り入れている「エンカサイズ」は,中高年者になじみの深い演歌を使った体操である。本研究室が株式会社テイチクエンタテインメントと共同で開発したDVDは,画面を見ながら体操を覚えることができるようになっており,体育館の大きなスクリーンに映すことで,指導者が前にいなくても体操をすることできる。また高齢者になじみの深い演歌なので,口ずさみながらリラックスして体を動かすことができ,あまり運動経験のない高齢者でも健康づくりの体操を楽しく実施することができる。体調チェック後の待ち時間中にも,「エンカサイズ」をプロジェクターに映し各自で体操できるようにした。
(2)主運動(参加者全員での運動)(表1)
11時から12時まで,ウォームアップとしてストレッチを行った後,今日の運動としてニュースポーツ,「エンカサイズ」,レクリエーション等全身をバランスよく動かすような運動を全員で行い,最後にクールダウンとして体操を行った。

表1 平成27年度 「ニュースポーツ大学」(第25期)

2.測定・調査方法

1)測定・調査日
開始時: 4月18日,終了時:7月11日
2)対象者
開始時と終了時の測定・調査に両方とも参加した男性9名(67~81歳,平均年齢74.0±4.39歳),女性47名(58~83歳,平均年齢69.0±5.56歳)の計56名。
3)測定項目
(1)身体計測
身長,体重,ウエスト周囲径の3項目,BMIを算出。
(2)体力測定
握力,長座体前屈,開眼片足立ち,棒反応の4項目で,測定方法は新体力テスト(文部科学省)に準じた。
①握力(筋力の指標):
握力計(T-1780,トーエイライト株式会社)を用いて左右を測定し良い方の値。
②長座体前屈(柔軟性の指標):
デジタル長座体前屈計(T.K.K5112,竹井機器工業)を用いて2回測定し良い方の値。
③開眼片足立ち(平衡能力の指標):
最長180秒として1回測定。
④棒反応(敏捷性の指標):
測定棒を用いて3回測定し平均値。
4)ADL調査
65歳以上の新体力テストのスクリーニングで使用されているADL(日常生活活動テスト)を実施し,合計点を求めた。
5)群間の比較
(1)年齢による3群の比較
対象者の年齢による違いを知るために,64歳以下を「中年群」,65歳から74歳以下を「前期高齢群」,75歳以上を「後期高齢群」の3群に分け,運動教室前後の身体計測,体力測定,ADL調査の結果を比較した。
(2)各体力要素の低・中・高群の比較
体力測定の結果を,性別・年齢による影響を除いて比較するために,文部科学省の「平成25年体力・運動能力調査結果」の性別・年齢区分別の全国平均値と標準偏差から5段階の評価表を作成して評価した。なお80歳以上の対象者に対しては,全国平均値の年齢区分の上限である75~79歳の値を用いた。
棒反応については,新体力テストで実施されていないため,東京都立大学体力標準研究会(2000)による「新日本人の体力標準値」を基に,同様の5段階の評価を行った。
握力,長座体前屈,開眼片足立ち,棒反応それぞれについて,運動教室開始時の5段階評価に基づいて,1,2を「低群」,3を「中群」,4,5を「高群」の3群に分け,運動教室前後の結果を比較した。
6)統計解析
統計解析にはSPSSVer.23(IBM)を使用し,2群間の比較には独立したt検定,3群間の比較には分散分析,運動教室開始時と終了時の比較は対応のあるt検定をそれぞれ実施して比較を行った。p<0.05を有意水準とした。
7)倫理的配慮
倫理的配慮については,対象者に同意を得た上で,「香川栄養学園実験研究に関する倫理委員会」(第92号)で承認を得た。

III .結果

1.年齢群による比較

1)対象者の年齢群
男性は「前期高齢群」6名(71.5±2.59歳),「後期高齢群」3名(79.0±2.00歳),女性は「中年群」11名(62.0±2.05歳),「前期高齢群」27名(69.0±2.38歳),「後期高齢群」9名(77.4±2.60歳)であった。
2)身体計測結果の比較(表2)
開始時の身長,体重,BMIについて,男女とも群間に差はみられなかった。終了時の体重,BMIについても年齢群の間では差が認められなかったが,全体に開始時よりも減少する傾向がみられ,女性の「前期高齢群」の体重と「中年群」のBMIでは開始時と終了時の間に有意な差が認められた(p<0.01・p<0.05)。

表2 年齢群による身体計測結果の比較

3)体力測定結果の比較(表3)
握力は,女性の終了時では年齢群が高くなるほど有意に低くなる傾向が認められた(p<0.05)。開始時と終了時の値を比較すると,男女とも終了時の方が低下する傾向がみられ,女性の「前期高齢群」「後期高齢群」で有意な差が認められた(p<0.001・p<0.05)。
長座体前屈は,男女とも年齢群の間に差は認められなかった。開始時と終了時の値を比較すると,男性はわずかに低下,女性はわずかに向上の傾向がみられたが,いずれも有意差はなかった。
開眼片足立ちは,男性は年齢群の間に差がみられなかったが,女性では年齢群が高くなるほど有意に低くなる傾向が認められた(p<0.001)。また,女性の「前期高齢群」で終了時に有意な低下が認められた(p<0.05)。
棒反応は,女性の終了時で年齢群が高くなるほど有意に低くなる傾向が認められた(p<0.01)。

4)ADLの比較(表3)
女性は年齢が高い群ほど有意に低くなる傾向が認められた(p<0.001)。開始時と終了時を比較すると,女性の「中年群」「後期高齢群」で有意な向上が認められた(p<0.05)。

表3 年齢群による開始時と終了時の体力・ADLの比較

2.体力の低・中・高群の比較

1)握力(表4)
男性は「低握力群」3名(33.3%),「中握力群」3名(33.3%),「高握力群」3名(33.3%),女性は17名(36.2%),14名(29.8%),16名(34.0%)であった。男女とも3群の間に年齢の差は認められなかった。
開始時と終了時を比較すると,男性は「低握力群」ではやや向上し,「中握力群」「高握力群」ではやや低下する傾向がみられたが有意差はなかった。女性はすべての群で有意な低下がみられた(p<0.05 ・p<0.01・p<0.01)。
ADLについては群間に差はみられず,女性の「中握力群」のみ終了時に有意な向上が認められた(p<0.01)。

表4 握力による3群の年齢・開始時と終了時の握力・ADLの比較

2)長座体前屈(表5)
男性は「低長座体前屈群」5名(55.6%),「中長座体前屈群」1名(11.1%),「高長座体前屈群」3名(33.3%),女性は22名(46.8%),14名(29.8%),11名(23.4%)であった。男女とも3群の間に年齢の差は認められなかった。
開始時と終了時を比較すると,女性の「低長座体前屈群」では有意な向上がみられたが(p<0.05),「高長座体前屈群」(5段階評価)は有意な低下が認められ,その他については,有意差は認められなかった。
ADLについては群間に差はみられず,女性の「中長座体前屈群」のみ終了時に有意な向上が認められた(p<0.05)。

表5 長座体前屈による3群の年齢・開始時と終了時の長座体前屈・ADLの比較

3)開眼片足立ち(表6)
男性は「低開眼片足立ち群」4名(44.4%),「中開眼片足立ち群」3名(33.3%),「高開眼片足立ち群」2名(22.2%),女性は8名(17.0%),12名(25.5%),27名(57.4%)であった。男性では群間に年齢の差は認められなかったが,女性では「高開眼片足立ち群」の方が有意に若い傾向がみられた(p<0.01)。
開始時と終了時を比較すると,女性の「高開眼片足立ち群」で有意な低下がみられたが(p<0.05),その他について有意差は認められなかった。
ADLについては,群が高くなるほど高くなる傾向が認められた(p<0.05・p<0.01・p<0.001)。また女性の「中開眼片足立ち群」「高開眼片足立ち群」では終了時の方が有意に向上する傾向が認められた(p<0.05)。

表6 開眼片足立ちによる3群の年齢・開始時と終了時の開眼片足立ち・ADLの比較

4)棒反応(表7)
男性は「低棒反応群」2名(22.2%),「中棒反応群」2名(22.2%),「高棒反応群」5名(55.6%),女性は5名(10.6%),15名(31.9%),27名(57.4%)であった。男女とも3群の間に年齢の差は認められなかった。
開始時と終了時を比較すると,女性の「低棒反応群」「中棒反応群」は有意な向上がみられたが(p<0.001・p<0.01),「高棒反応群」では有意な低下が認められた(p<0.01)。
ADLについては,男女ともに3群間に差はみられず,女性の「高棒反応群」で終了時に有意な向上傾向が認められた(p<0.01)。

表7 棒反応による3群の年齢・開始時と終了時の棒反応・ADLの比較

IV .考察

 終了時の体重計測の結果,全体に体重の低下傾向がみられた。これは運動教室後半の日程が6月7月の暑さが厳しくなってきた時期であったことから,多くの者に食欲の低下があったのではないかと考える。
開始時の体力の5段階評価の結果から,対象者の体力の特徴についてみてみると,どの体力項目についても評価にバラつきがみられ,全国平均に比べ体力のある者とない者が混在していることが明らかになった。特に握力は「低群」「中群」「高群」にほぼ同人数で分かれ,筋力に差のある集団であることが推察された。長座体前屈の結果からは,全国平均よりも柔軟性が低い者の多い集団であること,開眼片足立ちの結果からは,平衡能力が男性は全国平均よりやや低いものが多く女性は高い者の多い集団であること,棒反応の結果からは,敏捷性は全国平均よりも高い者の多い集団であることが推察された。
開始時と終了時の体力測定の結果から,今回のような体力の低い者でも安全に実施できるような軽負荷の運動を2週間に一回の低頻度で実施した場合,筋力(握力)については,女性では低下する可能性があることが推察された。特に前期高齢群と後期高齢群で有意に低下が認められることから,年齢が高くなるほど,若い世代よりも短期間で筋力が低下する可能性があるのではないかと考えられる。柔軟性(長座体前屈)については,低い者については向上の可能性があるが,元から高かった者は反対に低下の可能性があることが示唆された。平衡能力(開眼片足立ち)は年齢の影響が大きく,平衡能力が著しく低下する「後期高齢群」では向上の可能性が示されたが,やはり元から高かった者については低下する可能性が示唆された。敏捷性(棒反応)についても年齢の影響が強いことが示され,低かった者については向上する可能性が示されたが,「後期高齢群」については難しいかもしれないことが推察される。
これらの体力の低い群では向上の傾向がみられるのに,高い群では低下傾向がみられることについては,開始時の身体能力が低い方が,改善効果がみられたとする滝本ら(2009)や新井ら(2006)の先行研究の結果とも一致していた。これらの結果からも,「ニュースポーツ大学25期」で実施したような軽負荷で低頻度の運動は,初めから体力のある程度高かった者にとっては体力向上につがならず,体力の低かった者にとっては適度な運動負荷となり,体力の向上につながったのではないかと考えられる。
ADLについては,特に女性では年齢の影響が大きいことが示唆された。また体力要素では平衡能力による影響が大きいことが示唆され,高齢者の平衡能力の維持が重要であることが示された。しかし,すべての年齢群で,それぞれの体力要素の向上・低下に関わらず男性は維持,女性はやや高くなる傾向が認められたことから,運動教室の参加による日常生活活動の改善がみられた可能性があることが示唆されたと考える。

V .年齢と体力に幅のある集団型運動教室の課題解決への提案

 「ニュースポーツ大学25期」のような年齢や体力に幅のある集団型運動教室では,すべての参加者の体力に合わせた運動を実施することは難しい。しかし,体力の低い人に合わせた軽運動だけでは,筋力だけではなく,柔軟性やバランス能力,敏捷性についても,向上する者と低下する者がでてくることが推察された。そこで今後は,どのようにしてそれぞれの参加者のすべての体力要素の維持向上を図っていくのかが課題である。

1.体力に合わせた小グループによる実践
運動教室の主プログラムの他に,小グループ別の運動時間を別に作ることによって,それぞれの体力に合わせて足りない運動を補うことが考えられる。
ニュースポーツ大学では,他の人が体力チェックを行っている待ち時間中を各自の好きな運動に当てる時間としているが,運動種目の選択は参加者の自由なので,自分に不足している体力要素を補うような運動をしているとは限らない。開始時の体力測定結果をもとに,こちらからプラスした方がよい運動をアドバイスするような取り組みも必要であると考える。
また主プログラムの後に,体力別の小グループによる運動時間をつくり,体力のある参加者にはより負荷の高い運動を,体力のない参加者には特に低下している体力要素を向上させることができるような無理のないミニプログラムを実施してもらうようにするなどが考えられる。ただし,主である集団での運動プログラム時間が短時間にならないようにするべきだと考える。確かに各自の体力の向上だけを目指すのであれば,教室の最初から最後まで体力グループ別で運動を行った方が効率的であるが,筋力の向上を目的にした筋力トレーニングなどは単調な動作のものが多く,健康づくりへの強い動機づけがないと継続が難しい。反対に,ニュースポーツやレクリエーションなど年齢や体力に関係なく行うことのできる集団での軽運動は,多くの仲間と楽しみながら交流できるので運動することに喜びを感じやすく,それによって健康づくりへの関心が高まれば,自然と単調なトレーニングにも取り組みやすくなると考える。先行研究でも,集団運動の精神的面への効果が報告されており,福川ら(2008)は,介護予防を目的にした場合,運動教室に参加することは1人で実施するよりも動機づけにおいて非常に有効であると述べている。横山ら(2003)も,集団実施運動プログラムは個別実施プログラムよりも,活動の自己評価,楽しさ,達成感,満足感等が増加し,中高年の運動の習慣化を促進する要因として,集団実施運動をプログラムに加えることの有効性を示唆している。さらに安永ら(2002)は,運動習慣は,特に後期高齢者において,社会的自立因子,健康度自己評価,主観的幸福感に有意に肯定的な影響を及ぼすとしている。また運動内容についても,井口ら(2007)が,低頻度の運動プログラムでも教育的要素やレクリエーションなどの心理的要素を加味した内容を含めることで,地域高齢者の心理状態及び身体機能に対する効果が得られたことを報告している。

2.運動プログラムの日常化への支援
一人でも簡単に実施できる運動を紹介し,日常生活に運動を取り入れてもらうことで不足する体力要素のトレーニングを補うことが考えられる。谷本ら(2010)は,筋肉量の加齢による特徴として,特に下肢筋肉量は早期より加齢に伴い大きく減少すること,高齢期では筋肉量の減少の割合が加速することが明らかにした。また金久(1990)によると,先行研究の結果から,筋力トレーニングは原則的に週3回の頻度で行うと効果が得られるとしている。したがって加齢による筋肉の減少を防ぐためには,定期的な筋力トレーニングは欠かせないものであるが,これを高齢者一人当たりの運動教室の回数を増やすことによって満たそうとしても難しい。そこで,参加者一人一人が運動教室以外でも,日常的に自分で運動を継続していけるようになるための支援が集団運動教室に求められている。

3.参加者の体重減少の早期発見による体力低下の予防
近年,高齢者の加齢による虚弱の状態のことを「フレイル」いう言葉で表すようになった。荒井(2014)は,フレイルとは高齢者においてよく認められる老年症候群であるとし,75歳以上の後期高齢者の要介護に陥る最も多い原因であると述べている。山田ら(2012)や葛谷(2014)によると,フレイルとサルコペニアと栄養の関係について研究が進んでおり,高齢者のサルコペニアと低栄養はフレイルティ・サイクルとして互いに影響しながらフレイル(虚弱)に陥る要因となることがわかってきている。高齢者を対象とした運動教室の場合,定期的に体重測定なども実施することで早期に体重の減少に気づくことができ,必要ならば食事等のアドバイスも可能である。これからの高齢者の運動教室では,サルコペニアの予防とともに,低栄養の危険も予防するというフレイルの予防という視点も求められていると考える。

VI.結論

 年齢と体力に差のある中高齢者を対象とした集団型運動教室「ニュースポーツ大学・第25期」で,体力や年齢に関係なく安全に実施することのできるニュースポーツをはじめとした軽運動を2週間に1回の低頻度で4か月実施し,開始時と終了時に身体計測,体力測定,ADL調査を実施した。

1)年齢による3群の比較では,長座体前屈は差が認められなかったが,女性の終了時の握力,開始時と終了時の開眼片足立ち,終了時の棒反応については年齢が高い群ほど有意に低くなる傾向が認められた(p<0.05・p<0.001・p<0.01)。
2)開始時の握力による3群で比較した結果では,男性の「低握力群」のみやや向上する傾向が認められたが,女性はすべての群で有意な低下がみられた(p<0.05・p<0.01)。
3)長座体前屈は,女性の「低長座体前屈群」では有意に向上(p<0.05),「高長座体前屈群」(5段階評価)では有意に低下する傾向がみられた(p<0.05)。
4)開眼片足立ちは,女性の「高開眼片足群」で有意な低下がみられた。
5)棒反応は,女性では「低棒反応群」「中棒反応群」では有意な向上が認められたが(p<0.01・p<0.001),「高棒反応群」では低下がみられた(p<0.01)。
6)ADLは,女性では年齢が高い群ほど有意に低くなる傾向(p<0.001),また男女とも開眼片足立ちの結果の高い群ほど有意に高い傾向がみられた(p<0.05・p<0.01・p<0.001)。

年齢と体力に幅のある中高齢者を対象とした集団型運動教室で,軽負荷の運動を低頻度で実施した場合,女性の筋力については維持できない可能性があることが示唆された。また,開始時の体力が低い者は向上する可能性があるが,高かった者については低下する場合のあることが示された。

VII.今後の課題

 今後は,ニュースポーツ大学の中で,体力別の小グループ別での運動時間を設けてそれぞれの不足する体力要素のトレーニングを補う,家で続けられるような簡単な運動を紹介し運動の習慣化獲得を促すなどの働きかけを検討していきたいと考えている。また,定期的な身体計測の実施と運動後の昼食時間を活用し,体重減少による体力の低下を予防できるような方法についても検討していきたい。
今回はニュースポーツ大学参加者が,実際に安全に楽しく,運動強度の観点で心地よく実施できていたかどうかという側面での調査がされなかった。今後は,これらの観点とさらに集団型運動教室の参加における交流の促進や毎日の生活に対する気持ちの変化などの心理的な側面からも調査し検証していきたいと考えている。

VIII .引用文献

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3)新井武志,大渕修一,小島基永ほか(2006),地域在住高齢者の身体機能と高齢者筋力向上トレーニングによる身体機能改善効果との関係.日老医誌,43:781-788
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5)代俊,松尾千秋(2010),高齢者における動的バランス機能向上のための運動プログラムの開発.コーチング学研究,第24巻第1号:57-71
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