高等学校における「体つくり運動」に関する一考察
青木和浩(順天堂大学 非常勤講師)
kazuhiro@sakura.juntendo.ac.jp
飯塚浩史(中央福祉医療専門学校)
須田柳治(順天堂大学)
- 〔はじめに〕
- 〔研究方法〕
- 〔結果及び考察〕
- 〔まとめ〕
- 〔参考文献〕
A Consideration on “Fitness” in Senior High
Schools
Kazuhiro AOKI (Juntendo University)
Hiroshi IIZUKA (Chuo College of Social Work)
Ryuji SUDA (Juntendo
University)
Summary
This study is based on the questionnaire about
“Fitness”, its present situation and the quality, asked
of sports science students.
The followings have become clear:
- So far, “Fitness” has not been done.
- Students who have experienced “gymnastics” are by
smaller percentage.
- There have been “classes relating to the physical
fitness”, which mainly consist of persistent
running.
- “Exercise to increase physical fitness” in the
classes chiefly consists of medicine ball exercise and
rope exercise.
- Large part of the exercise in the classes to maintain
and improve health is walking and running.
キーワード
「体つくり運動」「体力向上」「健康増進」
Key words: Fitness, increase physical strength, improve
health
〔はじめに〕
文部省から次期学習指導要領が、平成11年告示され、高等学校では平成15年度から施行されることになった。今回の改訂では、「体操」領域がより体力づくりに則した「体つくり運動」に名称が変更され、従来の「体力を高める運動」に加えて、新しく「体ほぐしの運動」が設けられた。その内容の取り扱いについては「体ほぐしの運動」では、各運動領域においても関連を図って指導することや、運動の苦手な者に対しての配慮も必要となった。また、「体力を高める運動」では、主として力強さとスピードのある動きに重点を置いて指導することに留意するとしている5)。
一方、教育現場である高等学校においては、新学習指導要領への移行期間として、平成11年度から多くの学校で体育授業の教科書(サブテキスト)の中で「体操」を「体つくり運動」として採用しており6)、平成15年度から実施される「体つくり運動」の現状や問題点を探ることは極めて重要である。
このような背景に対して、順天堂大学のGymnastik研究室では、「体力を高める運動」「健康の維持増進の運動」「スポーツの技能の向上」を目指したトレーニングギムナスティックの内容を中心に、よりGymnastik注1)を正しく理解し、授業を展開できるように教職科目の中に「体つくり運動」の授業を展開し、実際に教育現場で「体つくり運動」を指導できる学生の育成を行っている。授業では、Gymnastikについての講義や実習として「器具を用いない運動」と「器具を用いた運動」を実施し、その内容は基礎的な運動から高度なものやハードな内容をも含み、学習指導案の作成および模擬授業などの実施も行っている。
そこで、本研究では、学生に対してアンケート調査を実施し、「体つくり運動」の現状を明らかにし、さらに授業で実施した運動項目についてのアンケート結果から、今後の「体つくり運動」の方向性を検討することを目的とした。
〔研究方法〕
質問紙法による集団記入の形式で平成14年10月と平成15年1月に2回アンケート調査を実施した。対象者は「体つくり運動」を受講した体育系大学生1年男子54名、女子62名とした。そのうち無記名や欠席者などをのぞいた有効回答数は男子40名(74.1%)女子49名(79.0%)を研究対象とした。
1回目(10月)のアンケート調査では高等学校における「体つくり運動」の現状を調査した。質問項目は「体つくり運動」の経験割合、「体操」注2)の経験割合、「体力に関する授業」の経験割合について調べた。
2回目(1月)の調査では本学における「体つくり運動」の授業で実施した運動項目についてアンケート調査を行った。質問項目は授業で実施した運動項目(器具を用いない運動、器具を用いた運動)の中で「体力を高める効果がある」「健康増進に効果がある」と考えられた運動項目について調査した。なお、授業で実施した運動項目は表1に示したとおりである。
統計処理にあたっては、Microsoft Excelを使用した
〔結果及び考察〕
1.「体つくり運動」の現状について
授業開始時に学生に対して高等学校の体育授業で「体つくり運動」の現状に関する項目として「体つくり運動」の経験割合、「体操」の経験割合、「体力に関する授業」の経験割合について質問を行った。その結果は、表2に示すとおりである。「体つくり運動」の経験割合については男女とも経験がある者は0%であった。
筆者らの先行研究において、「体操」領域の実態として、小・中・高等学校へ進むにしたがって「体操」領域の項目に対する経験割合が低下する傾向が認められた7)10)。また、改訂前の本学学生を対象とした調査では、高等学校での「体操」領域の経験割合は21.1%であり、本来必修であるべき「体操」領域の経験割合は極めて低率であった2)。
そこで、今回の結果を先行研究と比較すると、「体つくり運動」は、平成15年度から実施され、現在は移行段階にあるとはいえ、その移行措置が十分に行われていないことが明らかになった。この点については「体つくり運動」も「体操」領域と同じように、その経験割合が低率の方向に向かっていることが推察された。したがって、今後は前回と同じ道をたどらないよう、正しい方向性や明確な課題を明らかにさせることが重要であると考えられる。
「体操」の経験割合について、男子では27.5%、女子では30.6%であった。さらに、経験していた者に運動内容を聞いたところ、「体操」を「器械運動」と間違った認識をしていた者が男子では100%、女子では86.7%であった。したがって、本来の「体操」経験者は男子で0%、女子においても4.1%と低い経験割合であった。また、「体操」の運動内容は「ラート」「ストレッチング」であった。
先行研究においても、「体操」領域と「器械運動」の違いについてはほとんど理解されていない。そして、生徒は、体操競技(器械運動)・準備体操・整理体操等の用語が、かなり混乱した状態で「体操」として理解されている。また、教師の多くも「体操」と「器械運動」を区別して生徒に実施していない現状であると報告されている3)4)。さらに本研究結果においても同様の結果がみられた。したがって体育の授業における「体操」の実施は極めて低率であり、これが改善されずに「体つくり運動」に移行したことが明らかになった。この点については、「体操」から「体つくり運動」に名称が変更されたのを機に今後は、「体つくり運動」への正しい認識や実施を高める必要性がある。
次に「体力に関する授業」の経験割合について調査を行った。その結果、男子では45.0%、女子では40.8%の者が経験していた。その内容については男女とも持久走が最も多くあげられ、次いで補強運動であった。
先行研究において、「体操」領域は、各体育授業の中で、部分的に実施されているものが多く、主課題として取り上げられているものが非常に少ない傾向が認められた。Gymnastikの内容として考えられる数多くの課題は、経験の割合も少なく、未だ一般化されていない状況であるとしている8)9)。また、前期の学生を対象とした調査では、「体力に関する授業」の運動内容としてウォーミングアップの手段としての補強運動や罰ゲーム的要素のある運動などもあげる者もおり、授業の中で大きく扱われていなかった1)。
本研究結果においても、学校教育で重要である体力という点については持久走が最も多く行われているものの他の体力要素については十分な指導が実施されておらず、「体力に関する授業」は体育の授業の中で極めて補助的な役割をなしていた。このことは、ここ数年にわたり、体力に関する授業やGymnastikが正しく理解されていない現状であり、指導要領に沿った授業が展開されていないことが伺われた。
このような点から、「体つくり運動」に関する現状について考えると、高等学校体育授業の「体つくり運動」領域についての経験割合は、現段階では0%であり、先の「体操」領域と同じような現象が起こる可能性が危惧された。このことは、ここ数年間「体操」、「体つくり運動」の授業が高等学校の中で十分に理解されず、その取り組みが不十分であると考えられ、体操に携わる関係者にとっては、この問題を重大な課題としてとらえ、明確な対策やその方向性について検討する必要性が伺われた。また、大学に携わる者にとって、「体つくり運動」はもとよりGymnastikを正しく展開していくために、学校教育における目的や対象に応じた指導が重要となり、そのためには、正しい知識を身に付けた人材を養成していくことが急務であり、教員を養成する大学のカリキュラムが大きな役割を果たすということが認識された。
2.「体つくり運動」の運動項目について
授業で実施した運動項目について「体つくり運動」の受講学生に対して?「授業で実施された運動項目で体力を高めるために効果があると考える内容」?「授業で実施された運動項目で健康増進に役立つと考える内容」について質問を行った。
表3は、「授業で実施された運動項目で体力を高めるために最も効果があると考える内容」を示したものである。最も体力を高める効果のあるとされた運動項目は男子では「メディシンボール」が60.0%、次いで「歩く運動」「走る運動」「ロープ」が7.5%であった。また、女子では「メディシンボール」が46.9%、次いで「筋力トレーニング(複数組での上肢、下肢、体幹)」が18.4%「ロープ」が10.2%であった。また、前期に男子を対象として実施した調査においても体力を高めるために最も役立つとされた運動項目は「メディシンボール」が41.3%、次いで「走る運動」が17.3%、「ロープ」が16.3%の順であった。
これらの運動項目の内容について検討すると、男女とも「メディシンボール」をあげる者が最も多かった。その内容は、筋力を高める運動や瞬時に筋力を発揮する運動であった。次に、男女共通してロープを選択する者がみられ、女子においては器具を用いない筋力トレーニングをあげる者もいた。このことは、「体力を高める運動」のねらいとする、?筋力を高めるための運動や?スピーディーなあるいはパワフルな動きができる能力を高めるための運動の項目として理解されたことがうかがわれた。そして、注目される点は、前期と後期の男子学生では「メディシンボール」をあげる者が後期学生では約20%も増えたという点である。このことは、半期間でも学内での他の授業やトレーニングなどの経験から認識が高まったと考えられる。
また、運動項目を「器具を用いない運動」と「器具を用いた運動」に大別し、その比較を行った。その結果「器具を用いない運動」は男子では22.5%、女子では36.7%の者が最も効果があると選択し「器具を用いた運動」は男子では77.5%、女子では63.3%の者が選択していた(表3参照)。
前期の男子を対象とした調査においても、71.2%の者が「器具を用いた運動」が最も効果的としており、対象者は男女とも最も効果がある運動を「器具を用いた運動」をあげる者が多い結果であった。このことは体力を高める運動を実施する際には器具を利用し、より力強い運動を行うことが「体力を高める運動」の授業展開をする上で有効であることが認められた。
次に、表4は「授業で実施された運動項目で体力を高めるために効果があると考える内容を順に5項目あげさせて、選択された運動項目を総計したものである。その結果、男子では最も多かったのが「メディシンボール」で40人中35人(87.5%)が選択し、次いで「ロープ」75.0%(30人)、「肋木」70.0%(28人)であった。また、女子では最も多かったのが「メディシンボール」で49人中41人(83.7%)が選択し、「ロープ」65.3%(32人)、「肋木」63.3%(31人)であった。また、前期の対象者では「メディシンボール」が104人中96人(92.3%)が選択し、次いで「Gボール」82.7%(86人)、「肋木」77.9%(81人)であった。
本研究結果において「メディシンボール」は、ほぼ全員が「体力を高める効果がある」と考えており、体力を高める運動内容としての教材としての有効性が伺われた。また、他の項目でも「ロープ」「肋木」「Gボール」を選択した者の割合が高く、このような器具を用いた上体の筋力トレーニングや腹筋運動などの筋力トレーニングを創意工夫することによって、学生は、体力を高めるための運動として実感していた。
表5は、「授業で実施された運動項目で健康増進に最も効果があると考える内容」を示したものである。健康増進に最も役立つとされた運動項目は男子では「歩く運動」が55.0%、次いで「伸展運動」「Gボール」が12.5%であった。また、女子では「歩く運動」が56.7%、次いで「メディシンボール」「Gボール」が10.6%であった。また、前期に男子を対象とした調査においても、健康増進に役立つとされた運動項目は「歩く運動」が56.7%、次いで「メディシンボール」と「Gボール」が共に10.6%、であった。
これらの運動項目の内容について検討をすると、「歩く運動」は、人間にとって基本的な運動であることから、健康増進のための運動種目として学生達は認識していたのではないかと推察された。また、本授業での「歩く運動」は、様々なリズムや姿勢など、リズミカルな運動が多く行われていた。また、「伸展運動」「Gボール」などにおいても力の抜き方やリラクゼーションをねらいとした内容が多く、強い負荷の運動より、強弱のある運動を行った結果、「体ほぐしの運動」をねらいとした運動を通してより理解することが出来た。
また、運動項目を「器具を用いない運動」と「器具を用いた運動」に大別し、その比較を行った結果、「器具を用いない運動」は男子では75.0%、女子では73.1%の者が最も効果があると選択し「器具を用いた運動」は男子では25.0%、女子では26.9%の者が選択していた。また、前期においても「器具を用いない運動」は73.1%と多くの者が選択していた。この結果は、「体力を高める内容」と比較をすると全く反対の結果となり、「健康増進」には「器具を用いない運動」をあげる者が多くみられた。このことは、学生が「器具を用いない運動」は、いつでもどこでも出来る内容を健康増進に適している運動であると理解していることが伺われた。
次に、表6は「授業で実施された運動項目で健康増進に役立つと考える内容を順に5項目あげさせて、選択された運動項目を総計したものである。その結果、男子で最も多かった内容は「歩く運動」で40人中33人(82.5%)が選択し、次いで「走る運動」70.0%(28人)、「小さな跳躍」52.5%(21人)であった。また、女子では最も多かったのが「歩く運動」で49人中44人(89.8%)が選択し、次いで「走る運動」69.4%(34人)、「這う運動」49.0%(24人)であった。また、前期の対象者では、「歩く運動」が104人中84人(80.8%)と最も多く選択し、次いで「走る運動」55.8%(58人)、「メディシンボール」52.9%(55人)であった。
「歩く運動」においては約8割の者があげており、健康増進の運動内容としての有効性、さらには生涯スポーツの基礎としても重要な教材であると再認識された。また、他の運動項目では「小さな跳躍」「這う運動」などはできるだけペアで楽しみながら実施し「メディシンボール」「Gボール」などのボールを使用した相手とのコミュニケーションもあり、「仲間との交流を豊かにする」という「体ほぐしの運動」のねらいと合致していた。
以上のことから、高校時代に「体操」や「体つくり運動」の経験がなかった学生でも半期間の「体つくり運動」の授業を通して、それぞれの目的に応じた運動項目を選択する能力が身に付けられ、「体つくり運動」を正しく理解していることが明確となった。この授業で得られた知識をさらに高めて、様々な教育の現場で正しく実践できることを今後更に期待する。
〔まとめ〕
以上の考察の結果、以下のことが明らかになった。
- 現段階での「体つくり運動」の実施はほとんどみられなかった。
- 「体操」の経験割合はきわめて少なかった。
- 「体力に関する授業」は実施されているものの、その内容は持久走が中心であった。
- 授業で実施した運動項目の中で「体力を高める効果がある」と考えられた内容はメディシンボール、ロープが高い割合であった。
- 授業で実施した運動項目の中で「健康増進に効果がある」と考えられた内容は歩く運動、走る運動が高い割合であった。
今後の課題として、新しく加わった「体ほぐしの運動」についても十分な検討をする必要がある。
注1)
広義な面での「体操」として使用している。学校教育で行われている「体操」領域以外の幅の広い「体操」をここでは区別して「Gymnastik」と捉えている。
注2)
学校体育における中・高等学校での「体操」領域として使用している。
〔参考文献〕
1)青木和浩、飯塚浩史、須田柳治(2002),高等学校における「体つくり運動」領域の内容に関する一考察.日本体操学会,第2回大会号:10-11
2)飯塚浩史、横尾壮介、太田雅夫ほか(1999),高等学校における体操領域の問題点に関する基礎的研究.スポーツ方法学研究,第10回大会号:18
3)飯塚浩史、横尾壮介、太田雅夫ほか(1998),高等学校における体操領域の現状に関する一考察 ―生徒の意識調査から―.スポーツ方法学研究,第9回学会大会研究報告:38-41
4)小泉昌幸、須田 洋、太田雅夫ほか(1988),スポーツ領域に対する生徒の意識に関する研究.スポーツ教育学研究,8(2):65-77
5)文部省(2000),体つくり運動 ―授業の考え方と進め方―,pp30-35,東洋館
6)須田柳治、太田雅夫、小島秀幸(2002),体つくり運動,マイ・スポーツ2002(総合板),大修館書店編集部,pp23-42,大修館書店.
7)須田柳治、太田雅夫(1986),Gymnastikのとらえかたに関する研究.順天堂大学保健体育紀要,29:46-55
8)須田柳治(1971),学校体育の場における体力づくり(?).日本私学体育研究所紀要,6:309-317
9)須田柳治、太田雅夫、三浦康暢ほか(1988),学校体育の現状に関する研究 ―生徒の意識調査から―.順天堂大学保健体育紀要,31:34-51
10)山本麻子、富田公博、田村義男ほか(1986),大学生の中学・高校時における体育実技授業内容に関する一考察.法政大学体育研究センター紀要,6:19-34
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