「水中体操理論」

"Theory of Aquatic Gymnastics"

渡辺律子(跡見学園女子大学)
riwata@atomi.ac.jp
柳 宏(都留文科大学)

Ritsuko Watanabe(Atomi University)
Hiroshi Yanagi(Tsuru University)

[Abstract]

 Recently, programs of "aquatic exercise" which comprehensively aim at enhancing the effect of exercise have been socially accepted as exercise programs. However, although general theories of aquatic exercise have partial consistency in their objectives and claims, we have to judge that it is at this moment difficult to find a basic theory which comprehensively covers the whole aspect. Therefore, we have tried to construct a "theory of aquatic gymnastics" in a broader sense which comprehensively includes the characteristics of each of them, in order to accomplish the development of "aquatic gymnastics as lifelong sports" in Japan, laying a hand on the relation with the type of sports or competitive sports accepted as the established exercise culture. As a prevailing concept, "aquatic exercise program" generally means a group of exercises which aim at fitness maintenance/enhancement or enhancement of training effects. We, however, collectively named a group of aquatic exercises "aquatic gymnastics", by adding the character of the exercise culture which aims at "enjoyment in exercise itself" such as found in "gymnastic exercise" or "dance", and by envisioning a broader concept based on the culture of "German gymnastics".

Keywords : aquatic exercise, aquatic gymnastics, exercise culture, German gymnastics

I .序論

 我が国では高齢化社会、健康不安社会に対応するために「生涯学習」や「生涯スポーツ」が奨励されている。生涯スポーツを「健康・体力の維持増進や豊かな人生を送るために、スポーツをそれぞれの立場で、各ライフステージに取り入れて、生涯にわたってスポーツを計画的に実施すること」とすれば、生涯スポーツの目的は「健康スポーツ」と「いきがいスポーツ」に大別できる。また、深瀬ら1)は図1に示したように、生涯スポーツの内容をゲーム志向(興味性)、健康志向(科学性)、芸術志向(文化性)の三つの指標を想定し、様々な運動群をその特性から配置、分類を行っている。


図1 生涯スポーツの運動特性から観た領域区分

 ところで近年、運動効果を総合的にねらう「水中運動」に関するプログラムが、民間スポーツクラブや自治体が運営する運動教室で増えており、社会的にも定着した運動プログラムとなっている。一般的には「水中運動プログラム」は健康の維持増進やトレーニング効果をねらった運動群をさすが、我々は「体操」や「ダンス」のように「動くこと自体を楽しむ」という運動文化の性格も加えて、広義の上位概念を想定し、水中運動群を総称して「水中体操」と呼称するものとする。
本論は、まず水中体操の目的を提示し、次にドイツ体操理論注)をもとに「水中体操の基本構造」の構築を試みた。さらに「水中体操の基本構造」を目的別観点から観て「領域区分」を想定した。そして実際に水中体操を行うにあたっての「基本の動き」についての検討も行った。また、すでにスポーツあるいは競技として運動文化を確立しているものとの関連性についてもふれながら、生涯スポーツとしての「水中体操」の発展定着のために、それぞれの特性を包含した広義の「水中体操理論」の構築を試みる。

II .本論

II .1 水中体操の目的

 一般的に言われている水中体操理論は、それぞれの目的や主張点には一面の整合性は認められるものの、全体を網羅する基礎理論を見出すことは現在のところ、困難な状況にあると判断せざるを得ない。「水中体操」に関する流れとしては、ヨーロッパ、特に旧西ドイツの「Wasser-gymnastik」と、主にアメリカの「Aqua training exercise」の流れがあるが、両者は性質の異なった水中体操であると考えられる。前者は「治療体操」または「コンディショニング体操」が主であり、クアハウスなどで行われている「温泉治療」(温水マッサージや薬湯浴)の延長線上にある高齢者のコンディショニング体操や病気予後者、障がいしゃの治療やリハビリテーションのための体操が多い。後者はスポーツマンや健康な人を対象としたスポーツ、健康、体力、美容等を目的としたトレーニングの性格が強いように思われる。 現在、スポーツクラブや自治体のプールで行われている「腰痛改善水中体操」「水中コンディショニング」プログラム等は、姿勢矯正、体調を整えるといった目的があり、治療やリハビリテーション効果をねらったものと思われる。これらは陸上での姿勢矯正としての「体操」と重なる部分も多く、「コンディショニング体操」の性格が強い。一方「水中エアロビクス」(アクア・エアロビクス、アクア・エクササイズ等、呼称は様々)、「水中ウォーキング」プログラム等は、有酸素系運動効果をねらった「トレーニング体操」と言える。
 我々が定義するところの水中体操とは先にも述べたが、この「Wasser-gymnastik」と「Aqua training exercise」を包括するものである。さらに「体操」や「ダンス」のように、誰でも気軽に「動くこと自体を楽しむ」という内容も付け加え、独立した生涯スポーツの内容として位置付けた。このような広義の「水中体操」こそが生涯スポーツ種目としての適格性を持つものと考えるからである。 さて、我々は水中体操の目的は三つに大別できると考える(図2)。


図2 水中体操の目的

 一つは筋力・心肺機能の維持向上のためのトレーニング及び、特定スポーツ種目の競技力向上をねらったトレーニングを目的としたもの(トレーニング領域)、二つめは身体機能の改善、マッサージ効果、リラクゼーション等のコンディショニングをねらったもの(コンディショニング領域)、そして三つめはダンス・体操等のように表現運動を目的としたもの(リズム・表現領域)である。

II .2 水中体操の基本構造

 「生涯スポーツとしての水中体操」の論理的枠組みの形成に向けて、第一に「一般体操(Gymnastik)の理論」を適用させて構築すべく試みた。言うまでもなく、一般体操は「Gymnastik for all(誰でも、いつでも、参加できる体操)」として確立された運動文化であり、目的によって様々な体操に発展させることが出来るという特性が、生涯スポーツとして優れた適格性を有しており、水中体操の基本構造を同一視点から構築できると考えたからである。


図3 体操の基本構造 (モダントレーニング夏期セミナー第8回テキストより抜粋)2)

ここに適用する体操理論とは、1930年代にドイツの体操・スポーツ指導者協会が掲げた「ドイツ体操」理論のことであり注)、この考え方にそった「体操は、動きづくりとからだづくり(Bewegungsbildung und  Koerperbildung)のための運動文化である」という定義のもとに、体操の目的や運動内容を「リズム体操(Rhytmischegymnastik)」「トレーニング体操(Trainingsgymnastik)」「保健体操(Pflegerischegymnastik)」の3領域に区分している資料3)を参考にした。また「ドイツ体操の課題」である『動きの基礎訓練、姿勢教育、動きの発展、動きと器具、動きの構成』の5つの課題と、「動きの基本」としてあげられている『5つの運動様式』(表1)を参考にして3)、水中運動の特徴(表2)を踏まえて、仮説となる水中体操の基本構造を図4のように想定した。

表1 体操の基本的な動き        表2 水中運動の特徴

   

図4 水中体操の基本構造と領域区分(1993.深瀬ら1)、筆者一部改変)

まず、水中体操の原初的な領域として『水中リズム遊び』を全体構造の中心に捉え、これをベースとして「創造」の指標に向けて発展させた領域が『水中リズム体操』であり、体操で言う「動きの創造=動きづくりに直接アプローチする運動群」として、全ての水中体操群の中核的領域に位置付けられる運動群とした。『水中リズム遊び』から「健康」指標に向けて発展する領域を『水中コンディショニング体操(水中治療体操を含む)』として位置付け、具体的には「健康づくり/コンディショニング領域」として領域を独立させた。さらに、『水中リズム遊び』から「達成」指標に向う領域として『水中トレーニング体操』を独立した領域とし、具体的には「体力づくり/トレーニング領域」を位置付け、仮説となる全体構造の枠組みの構築を試みたものである。

II .3 水中体操基本構造と領域区分の関係

1)水中リズム遊び

 「水中リズム遊び」は、前述したように水中体操全体の原初的運動群として位置付けられ、水中で行われるあらゆる人間の動きを発現させることをねらい、プレイやゲームの形で行う運動群をいい、特に若年層のプログラムを指す。対象者によって、「易→難」、「単→複」への原則に基づき、安全性を確保しながら実施しなければならないことは言うまでもない。具体的なプログラムとしては「泳力向上プログラム」や「子供のための水中リズム体操プログラム」等が主なる内容となるが、現時点では仮に、「水中リズム遊び」を図5のような構造化を試みている。

図5 水中リズム遊びの構造図

 即ち、浮力/抵抗力/推進力の各指標の間に運動内容を配置して遊びを構成しようとするものである。そして、図4に示したように、「水中リズム遊び」が創造指標の方向へ発展すれば「水中リズム体操」の領域に移行するし、健康、達成指標に向えばそれぞれ「水中コンディショニング体操」「水中トレーニング体操」領域に発展することを意味している。

2)水中リズム体操

 「水中リズム体操」は、水中体操の全体構造の中で中核的領域として位置付けられており、基本的には水中での動き自体を楽しむことにあり、体操(Gymnastik)で言う「動きの基本とその変化・発展」を課題とする領域を指す。しかし体操の課題を水中にそのまま適応することは出来ず、我々は水中体操の「動きの基本」を想定した(後述、2.4参照)。そして水の特性である浮力・抵抗を考慮し、その上で動きの質の追求、音楽(リズム)と動きの同調性、場合によっては動きのテーマ性等を求めていくことを課題とする領域とした。

3)水中コンディショニング体操

 「水中コンディショニング体操」は、具体的には「健康づくり/コンディショニング」領域を指し、この領域のプログラムは主にストレッチ運動やリラクゼーション運動によって構成される運動領域を言う。この領域の運動群は、低体力者や障がい者、高齢者等に対する運動プログラムも含まれるので、基本的には専門家の指導による身体能力別、目的別、身体症状別の運動処方が必要な領域であるが、専門医による指導を必要とする特定の病気予後者や重度の障がい者を除けば、運動の指導者が「身体調整法としての水中体操」として、相当程度実施可能であると考えてこの領域を設定した。近年は「癒し」「リラクゼーション」「セラピー」などのキーワードが示すように、日常生活の中でのコンディショニングの必要性が重要視されている。水中では、身体は重力から開放され筋肉の緊張が緩む。水本来の特性から言うと水中はリラックスできる空間であり、例えば陸上と同様なストレッチ運動を水中で行うと、その効果と違いが実感できる。

4)水中トレーニング体操

 「水中トレーニング体操」は、スポーツマンの「水中スポーツトレーニング」や一般人の「水中フィジカル フィットネストレーニング」の領域を指し、生涯スポーツと競技スポーツにまたがる「水中トレーニング体操」として領域を設定した。前者は「スポーツトレーニング領域」として、特定種目のスポーツマンのためのオールラウンドトレーニング及び技術の獲得、矯正のためのプログラムである。例えば、水抵抗はゴルフや野球のスイングフォームの獲得や矯正に最適である。 後者は一般人の「体力づくり領域」であり、心肺持久力(有酸素系運動能力)の向上や水抵抗を使った筋力トレーニングプログラムがある。一般人のためのこの領域のプログラムは多く見受けられるが、「各種スポーツ別トレーニング」プログラムはまだ少ないようである。今後さらに開発される余地がある領域である。

II .4 水中体操の「基本の動き」の分類

 本研究会における水中体操の基本の動きは「ドイツ体操の基本の動き、及び全身的自然運動による体操の運動内容」、ミュンスターマンの「ジャズダンスの技術」4)等を参考にして、水の持つ特性を生かした動きを取り入れ、「水中体操の基本の動き」として7つの動きに分類した(表3)。

表3 水中体操の基本の動き

例えば、体操では「振る」という動きは、ゆっくり「振る」も早く「振る」も「振る」という動きなのだが、水中では手(腕)で水を「押したり引いたりする運動」は見かけ上は「振る」であっても「押す/引く」の場合もあり、この場合、陸上の「振る」とは運動の質が異なり、そこで別の動きとして捉えることとした。同様に体操においては「蹴る」は「振る」の延長線上に捉えることが出来るであろうが、水中では「キックする運動(蹴る)」は、「振る」とは運動の質が異なった動きとして捉えた方が良いという結論に達した。

II .5 水中体操にかかわる運動文化(スポーツ)群との関連

 「水中体操」を独立した運動文化(スポーツ)として発想する場合、他のスポーツとの関連を検討する必要があると思われる。これらの運動文化が持つ固有の運動技術とその学習過程は水中体操に取り入れられることも多いと考える。関連する運動文化としては「体操」「ダンス」、「水泳」「シンクロナイズドスイミング」等があり、これらの研究は重要な課題であると考える。ここでは、特に水関連種目との関係について述べる。
 「水泳」はその入り口として「水遊び」「浮き身」等がありが、人はこの世に誕生し、歩くより以前に水中で泳ぐ(浮き身をとる)ことが可能である。「水泳」の水慣れ、泳ぎの初歩段階では水中でジャンプをしたり、手で水を押したり引いたり様々な動きを行うが、この段階は「水中リズム遊び」と共通する部分も多い。水中環境での身体や手(腕)での水のとらえ方、推進力や抵抗の受け方、浮力などの理論は「水泳」も「水中体操」も一緒である。両者の違いは「動き」の発展性が異なる点である。例えば

  •  水泳は(健康のために)浮力を十分に受ける姿勢(浮くこと)で、腕(手)で 水を押して水抵抗を利用して進む(泳ぐ)。
  •  水中体操は(健康のために、若しくは音楽に合わせて心地よく動くために)浮力を受けやすい姿勢で(立ち)、歩いたり、弾んだり、腕(手)で水を押したり引いたりして水抵抗を利用して体に負荷を与える(または軽減する)。

 このように考えると、「水中体操」の研究・発展のためには、すでに運動文化として確立された「水泳」の理論から学ぶところも多いと考える。
また、「シンクロナイズドスイミング」と「水中体操」の関連を観ると次のように考えられる。

  •  「シンクロナイズドスイミング」の基本の動きは 「フィギュア(規定)」で、 フィギュア技術を取り入れつつ、ルーテイン(演技)を組み立てる。演技中は水底に足がつくことは決してない。
  •  「水中体操」の基本的な動きは水底に足がついた状態で行うことがほとんどで、「動き」の技術面から観ると「水中体操」と「シンクロナイズドスイミング」とはまったく別のものであるが、音楽に合わせて水中で表現運動を行ったり、「動きの質の追求」という点において関連する部分も多い。

「シンクロナイズド(同調性)」とは、「お互いの動きを合わせる(同調させる)」ことと「音楽に動きを合わせる(同調させる)」ことであり、それらをベースに「芸術性」「技術レベル」を競い合うスポーツがシンクロナイズドスイミングであり、この観点からみると水中体操も競技への発展性を期待できるものと考える。今後はさらに各論的に「水中体操」と「関連する運動文化」の研究を進めることが必要であろう。

III .まとめ

 今日「生涯スポーツ」の実践が叫ばれるなか、運動効果を総合的にねらう「水中運動」に関するプログラムが、民間スポーツクラブや自治体が運営する運動教室で増えており、社会的にも定着した運動プログラムとなった。我々は、健康の維持増進やトレーニング効果をねらった「トレーニングのための水中運動」、「有酸素運動効果の高い水中運動」及び、「体操」や「ダンス」のように「動くこと自体を楽しむ」という運動文化の性格も加え、「ドイツ体操」の運動文化を基礎とした広義の上位概念を想定し、水中運動群を総称して「水中体操」と呼称し、「水中体操」の「基本構造」を構築し、その特性を示した。「水中体操」の中核には「水中リズム体操」を位置付けた。そして水の特性と水中ならではの「動き」を検証し、「水中体操の基本の動き」を示した。このような広義の「水中体操理論」を構築することによって「水中体操」を独立した生涯スポーツの内容として位置付けたいと考えた。今後の研究課題としては「水中体操理論」を現場で普及するための、具体的なプログラムや指導法の確立を行う必要があると考える。

謝辞

本研究をまとめるにあたり、文献探索において筑波大学体育科学系教授 長谷川聖修先生、東京芸術大学名誉教授 石橋泰先生にご協力頂いたことに感謝申し上げます。

注)

板垣了平を世話人とする第1回 体操研究会(1981)「体操の概念規定」資料(要約)
「1930年頃の体操界は、指導者によって、多様な説や指導法があったが・・・1934年「ドイツ共和国、体操・スポーツ指導者協会」の体操領域で働いている者が集まり・・・、翌年、体操の本質・課題及び領域についての共通理解を確立したので、ここに「ドイツ体操」の名を持って公開された」とある。この資料の一部が、文献・資料3)の「体操論」にも記されている。

IV .文献・資料

1) 深瀬吉邦,柳 宏(1993),「生涯スポーツ論」考(2)水中体操私論(仮説となる基礎理論の検討),中央大学保健体育研究所紀要,11:29-52
2) 深瀬義邦,柳 宏,島貫 啓,赤松卓哉,大和優子,遠藤美穂,渡辺律子(1986〜2005), モダントレーニング研究夏期講習会 第8〜27回テキスト,
モダントレーニング研究会編
3) 板垣了平(1990),体操論,pp31-3,pp21ー2,p66,アイオーエム
4) ウタ・ミュンスターマン著,板垣了平訳(1980),ジャズ体操からジャズダンスへ,pp132