ラート初心者に対する指導上の留意点の提案
―粗形態獲得前後に現れる特徴を基に―

Proposal of Coaching Points for Introduction of Wheel Gymnastics
- Based on Beginners' Characteristics -

深瀬友香子(目白大学)
fukase@mejiro.ac.jp

Yukako FUKASE (Mejiro University)

[Abstract]

 The aim of this study was to propose coaching points for the introduction of wheel gymnastics. Toward this aim, beginners' particularities were investigated, especially those which appeared in side rotation. The examinees were 26 university students (3 males and 23 females) who had no previous experience in wheel gymnastics. Skill observations and questionnaires were conducted to analyze the participants' characteristics.
 Of the examinees, 54% tended to dorsiflex their necks during side rotation. This kind of feature may lead to a sway of the wheel and prevent smooth rotation. A tendency to dorsiflex ankles was also observed in 85% of the examinees. That means that many examinees could not fix their feet on the foot boards with the bindings. Some of them were unconscious of the positioning of their feet. Of the examinees, 77% examinees could not finish the side rotation, because they could not begin it or because the wheel stopped on the way. The wheel gymnastics program was thoroughly interesting for all, but at the same time, a fearful experience for about half of the examinees.
 From the results and considerations, the coaching points for introduction of this sport were derived mainly as follows.: 1) Visible target needs to be used to make the face turn toward the front.: 2) Assistant is to be arranged to help the beginner to fix the feet on the boards, to prevent the sway of the wheel, and to push it in case of stopping.:3) Timing of coaching the foot skill for fixing them on the boards needs to be considered. Players' emotional and technical capacity should be taken into account.: 4) Programs should be presented to accustom players to the wheel, and analogical movements should be utilized for emotional apprehension, which will help in developing the correct skills.

Keywords:wheel gymnastics, beginner, characteristics of the skill, characteristics of the introspection, coaching points

I .緒言

 1985年ごろを境に,子どもたちの体力・運動能力は長期的に低下傾向ある.その要因は複雑に絡み合っているといわれており,例えば,知識を過度に重視する大人の意識・風潮による子どもの遊びやスポーツの軽視,さらに,利便化され過ぎた生活による様々な労力の省略,また,テレビゲームやパソコン等の情報機器へののめり込みにより,体を動かす機会が減少していることなどが挙げられている.そして近年,子どもたちの体力・運動能力の低下と同様,身体を操作する能力の低下が指摘(文部科学省,2002)されている.つまり,スキップができない,転んでも手をつくことができないなど,身体を思うとおりに動かす能力が低下しているという.そして,子どもの体力をめぐる問題において,スポーツ少年団や部活動などに積極的に参加し,運動をよくする子どもと,ほとんどしない子どもの二極化傾向が指摘(文部科学省,2002)されていることもあり,文部科学省中央審議会(2002)では,「子ども自身が体を動かすことの楽しさを発見し,進んで体を動かすことによって体力が向上するプログラムを開発・普及することが重要」と答申している.これは学校体育などの学校現場,そして,総合型地域スポーツクラブをはじめとする地域スポーツの場においても求められている.運動嫌いの子どものためにも,これからはスポーツ種目の枠にとらわれず,体を動かす楽しさが実感できるメニューを工夫していく必要がある.
 そこで,筆者が着目したものが「ラート」である.ラートは直径2mほどの鉄の大きな円形の器具であり,また,その器具を操作する運動種目である.多方向に転がる器具の特性により,3次元的でダイナミックな全身運動を引き出すことができる.ラートにより非日常的な身体感覚を体験することができ,さらにラートを操作するためには,自己の体の意識を深め,自己知覚を研ぎ澄ませる必要がある.さらにラートの慣性や速度,重力による動きの変化等,器具からの情報を積極的に受信することが求められる.つまりラートを行うにあたり,このように自己と周界の認知を掘り下げる体験を繰り返すことにより,身体を操作する能力を向上させることができるのではないかと考える.ラートは1925年,もともと子どもの遊び道具としてドイツにて考案されたものであり,「揺れる」「転がる」といった特性から,ロジェ・カイヨワの示す遊びの要素のひとつ,「めまい(イリンクス)」注1)を楽しむことのできる器具といえる.つまりラートは,遊び感覚で身体を操作する能力を向上させることのできる全身運動となり得るのではないかと考える.
 すでに学校現場での実践例もいくつかあり,三重県の中学校では体つくり運動の教材としてラートが導入され,「ラートは誰もが始めての体験であり,少なくとも苦手という先入観が持たれていない.さらに新しいことに挑戦するという期待感を持つことができる.」(三重大学教育学部ほか,2009)と教材としての魅力を述べており,さらに「生徒たちはまず,ラートという大きくて存在感のある新しい器具に引きつけられたようだった.これから何が始まるのかという緊張感と自分に出来るのかという不安感が漂っていた.」(三重大学教育学部ほか,2009)と生徒たちの様子を報告している.視覚障害者や聴覚障害者を対象とした大学での実践においては,「普段経験できない感覚を味わい,運動体験の幅を広げること」もひとつの目的として,体育の授業において年に数回取り入れられている(香田ほか,2002).地域スポーツの現場では,千葉県教育委員会や港区教育委員会が導入しており,地域住民を対象としたニュースポーツ体験などで,ラートが用いられている例がある.
 これらのように,学校現場や地域スポーツの場において先駆的な導入例があるが,現在,ラートの活動は大学の部活動での実践がほとんどであり,競技としての発展が中心的である.近年行われた跳躍の研究においても,競技的観点から,減点の少ない試技について検討がなされた(深瀬ほか,2003).しかし今後,遊びながら身体を操作する能力を向上させる運動として,ラートが学校教育や地域での活動等,様々な機関において円滑に取り入れられていくためには,ラート初心者に対する指導上の留意点を明確に示し,知識を共有していくことが必要不可欠であり,安全な実施につながるのではないかと考える.
 そこで本研究では,ラートの粗形態獲得前後(以下,初心者)に現れる特徴について基礎的知見を得るとともに,そこから考えられるラート初心者に対する指導上の留意点を明確にすることを目的とする.ラートは多様な運動内容が可能であるが,研究を進めるにあたっては,とりわけ初めてラートを体験する際に行われる,直転の「側方回転」を対象の運動課題とし,それを行う際の留意点を明確にすることとする.

II .方法

1.調査対象者
 T大学一般体育「リフレッシュ体操」受講生30名のうち,ラート経験のない26名(男性3名,女性23名).
2.日時
 2004年9月2日 1限目(8:40〜9:55)

3.場所
 T大学総合体育館3階 体操場
4.運動課題
 初めて行う側方回転(右方向1回転)
5.調査対象者への配慮と安全対策
 調査対象者には,側方回転の連続画像を載せた資料を示すなど,課題の運動形態を事前に説明した上,ラートに慣れる時間,側方回転に必要な技術を確認する時間を事前に設け,指導した.さらに,課題前の指導中および課題を行う際には,ラート指導に熟練した補助者を必ずつけて安全を確保した.
6.課題実施前の指導
 調査対象者がラートに慣れ,側方回転に必要な技術を理解,確認するために表1のような指導プログラムを実施した.技術に関する主な指導内容は,1)足部をベルトに固定する技術,2)側方回転の動き出しと停止のさせ方である.なお,実際に側方回転の見本を見せることはせず,前述のとおり運動形態を連続画像にて示すにとどめた.

表1 プログラム内容

7.分析方法
(1)ビデオ観察
 運動課題について,図1のようにビデオカメラを設置してパンニング撮影し,技術的特徴を得るためにビデオ観察を行った.その際,分析結果をより詳細に示すために,図2のようにラートをA,B,C,D,E,Fの六つのエリアに分けた.

図1 カメラの配置

図2 ラートにおける六つのエリア

(2)内省調査
 以下の点において,意識調査を実施した.
・運動経験やラートに対する関心度など,調査対象者についての実態調査
・運動課題における技術の自己評価(5段階評価)
・プログラムを通じたラート全般の運動感について「興味度(楽しかったかどうか)」,「恐怖心(怖かったかどうか)」などの観点からの評価(5段階評価)
・自由記述

III .結果と考察

1.調査対象者の特徴
 ラートの指導を行う前に,質問紙を用いて調査対象者の運動経験,またラートに対する関心等を調査した.図3は,スポーツ・運動経験の有無を全体比で示したものである.部活動,サークルなどで,これまで自主的にスポーツや運動を行ってきた経験がある者が,約7割(18名)であり,これまで自主的にスポーツ・運動に関わってこなかった者が約3割(8名)であった.

図3 スポーツ・運動経験について

 図4は,ラートに対する関心度を示したもので,「ラートを以前から体験してみたいと思っていましたか?」という質問に対して,5段階で評価をさせた.5割(13名)の調査対象者が,ラートを以前から体験してみたいと「思っていた」,または「どちらかといえば思っていた」と肯定的な回答を示し,そして約1割強(3名)の調査対象者は,「どちらかといえば思っていなかった」と否定的であった.

図4 ラートに対する関心度

2.技術的特徴
 調査対象者の中には,回転が途中で止まってしまうなど運動課題が遂行できなかった者もいたが,補助により最後まで回転を進めた.以下の結果は,回転補助があった場合も含め,全調査対象者が側方回転中にどのような特徴を現したかについて記述した.
(1)首の背屈について
 側方回転を行う際,顔を正面に向けて回転することが基本であり(図5),説明も行った.しかし,図6のように回転の途中に首を背屈させる者が見られた.そこで,そのような現象が見られた割合を調査した(図7).

図5 顔を正面に向けた側方回転

図6 首の背屈が見られた者

図7 首の背屈について

 側方回転を行う際,首を背屈させた者が全体の54%(14名),首を背屈させることなく顔を正面に向けて回転することができた者が全体の46%(12名)であった.慣れない運動の場合,運動制御が不十分であるため生得的な反射が出やすいが,立ち直り反射注2)により,頭部を正しい位置に保とうとする反応が現れたということが,首の背屈の要因のひとつとして推測できる.また,調査対象者の運動経験によっては,床を見て着手するというマット運動における側方支持回転の動感構造が現れた,ということも考えられる.しかしここでは,調査対象者におけるこれまでのすべての詳細な運動経験を調査していないので,要因として推測の域を出ない.
 首が背屈してしまうと,腕が伸展し腹部が前に突き出し,体が反った状態になることがある.それは,対称性緊張性頸反射注3)が現れたということがひとつの要因として考えられるが,そのような姿勢では,前額面における重心移動によりラートを回転させていくことが難しくなり,さらに,腹部が前に出ることにより身体重心がラートから外れ,器具が横に揺れてしまうことがあり得る.特に,実施者の体重が重い場合,また,実施者が適正サイズ注4)より小さめのラートを使用している場合には注意が必要である.顔を正面に向けさせるための策として考えられることは,次の点である.「指示を与える場合,コーチは,とくに子どもや初心者の場合には,できるだけ具体的な物や周界条件に関連した指示を与えるべきであろう」とGrosserら(1995)が指摘しているように,顔を正面に向けさせるためには,回転中に目線を向ける目印のようなものを示しておくことが有効であると考える.例えば,「床を見るのではなく,壁にかかった時計を見るようにする」などである.ただ「正面を見るように」という指示よりも,具体的で動作に現しやすいものと考える.また,図8のように2台のラートで向かい合いながら,同時に回転させるプログラムなど,顔を正面に向けるためのプログラムの工夫も有効であると考える.そして,ラートが横に揺れてしまったとき,揺れによりラートが倒れることを防ぐための補助者をつけることは,安全対策の強化につながると考える.

図8 向かい合いながらの回転

(2)足首の背屈について
 側方回転を行う際の足部の使い方として,つま先を伸ばすことにより,ベルトで足部をステップに固定する方法が基本の技術である(図9).側方回転を実施する前の段階で正しい技術について説明し,つま先の使い方について部分的に体験させたにも関わらず(表1参照),いざ側方回転をしてみるとそれができずに図10のように回転の途中で足首を背屈させる者が見られた.そこで,そのような動作が見られた調査対象者の割合を調査した(図11).

図9 正しい足部の固定の仕方

図10 足首の背屈が見られた者

図11 足首の背屈について

 側方回転を行う際,足首を背屈させた者が全体の85%(22名),足首を背屈せずに足部をステップに固定することができた者が全体のわずか15%(4名)であった.しかし内省調査による技術の自己評価においては,つま先を伸ばして足部をステップに固定することができたかを問う質問に対し,46%(12名)が「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と肯定的に捉えており,実際の様子と一致しない.「運動を行った後に技術の質を選手自身が分析し評価できるという能力は,まさしく自分の運動を知覚する能力と緊密に結びついている」とGrosserら(1995)が動きの自己評価能力と知覚能力の関係性を述べていることからも言えるように,一部の者は,細部における自身の運動状況を正確に知覚できず,正しい自己評価ができていない様子がうかがえる.
 足首の背屈は,つま先を伸ばして足部をステップに固定する技術が未熟なために,ベルトに足をひっかけようとして起こったものと考えられる.また,図12のように首の背屈とほぼ同じタイミングで足首の背屈が起こる例も見られた.

図12 首と足首の背屈が同時に見られた調査対象者

 前述したように,慣れない運動の場合,運動制御が不十分であるため生得的な反射がでやすい.また,反射を利用した運動は,上位中枢による影響が少ないため,効率的に体に力を入れることができるということもあり,首の背屈により下肢が屈曲するという対称性緊張性頸反射が生じ,反射的につま先を伸ばすことよりも,足首の背屈が優先されたのではないかとも推測される.
 足首が背屈してしまうという特徴から,初心者は足がベルトから抜けやすくなり,落下の危険性が発生する可能性があることは否めない.さらに,Meinel(1981)は「自分自身の運動を意識できないとしたら,運動を意識的に発達させることも,改良していくこともできないであろう」と述べている.つまり,動きを意識的に改善していくためには,まず自分自身の動きがどうなっているかを正確に捉えることが重要であるとしている.しかし,上述のように自己の運動を正確に捉えられていない者もいた.「選手が運動全体の遂行に注意を向けなくてよいようになればなるほど,細部を意識的に知覚することができるようになる」(Grosserら,1995)ということからも言えるように,初心者が側方回転という運動全体の遂行を,精神的・技術的に余裕をもってできているかどうかを見極めた上で,足部を固定する正しい技術について指導する必要があるのではないかと考える.それまでの間,落下防止のために補助ベルト注5)の活用,もしくは足がベルトから抜けないように,補助をする必要がある.補助の仕方は様々であるが,後方より実施者の足首を持ち,ベルトから抜けないように足を軽くステップに押し付ける方法や,かかとを手のひらで覆い,同時に指でベルトを足首側に引き付ける方法などがある.

(3)回転操作について
 側方回転を実施する前の段階で,どのように回転の勢いをつけ,側方回転に入っていくかという準備動作の説明と確認を行ったが(表1参照),それができずに側方回転を開始できなかった者が見られた.また本来は,ラートを補助者に転がしてもらうことなく,自身で回転させていくことが基本であるが,中には回転を開始できたものの,その途中でラートが停止した者も見られた.これらの現象を踏まえて,回転操作について「側方回転を開始できなかった者」,「回転が途中で停止した者」,「回転が停止することなく1回転することができた者」の三つに分類した.回転が途中で停止した者に関しては,どのエリアが着床した際に停止したかを調査した.図13,図14にその結果を示す.

図13 回転操作について

図14 ラート停止エリア

 側方回転を開始できなかった者が,全体の8%(2人),また,回転が途中で停止した者が全体の69%(18人),停止せずにラートを1回転させることができた者が全体の23%(6人)であった.回転が途中で停止した者のうち,エリアAが着床した時点で停止した者が4人,B,Cがそれぞれ9人,4人であった.エリアD,Eはおらず,エリアFは1人であった.
 側方回転を開始できなかった者は,準備動作であるスウィングがうまくできていない様子であった.エリアA,Bで停止した者は,側方回転を開始できたものの,回転の勢いが明らかに足りなかったことが大きな原因であり,さらに,重心移動により勢い不足を補うこともできなかったと考えられる(図15).

図15 エリアBにおいて停止した者

 エリアCで停止した者は,腕の曲げ伸ばしによる進行方向への重心移動ができていなかったことが原因と考えられる.エリアFで停止した者は,回転の流れにのりながら,適切なタイミングにおいて腕で体を引き上げることができなかった様子が見られた.
 以上のような特徴から,初心者は側方回転の途中でラートが停止しやすいため,その際に押し進める補助を行う必要があると言える.

3.内省的特徴
(1)興味度について
 運動遊びを含めた1時限のプログラムを終えた後,「楽しかったかどうか(興味度)」に関する意識調査を実施したところ,「そう思う」,「どちらかといえばそう思う」と答えた者は100%(26名)であった.
 これまで視覚および聴覚障害者を対象とした香田ら(2002)の先行研究においても,ラートが「大好き」または「好き」と答えた学生が全体の半数を超えており,ラートに対する興味度の高さが示された.本研究において調査対象者全員がラートを少なからず楽しいと感じた要因の一つとして,器具の中に入って揺れる,転がる,移動するといった日常生活では味わえない新鮮な感覚が,楽しさやおもしろさにつながったものと考えられる.このことは,自由記述の感想において『重心のかけ方で動きが変わるのでおもしろい』,『初めて感じる感覚で楽しかったです』という,新たな感覚・経験に関する記述が見られたことからもうかがえる.また『ちょっと怖かったけど楽しめました』という記述もみられ,慣れない運動に対する恐怖心があったにも関わらず,ラートを楽しむことができたと考えられる.調査対象者の実態調査において先に示したように,「ラートを以前から体験してみたいと思っていましたか?」という質問に対して,約1割(3名)の調査対象者は,「どちらかといえば思っていなかった」(図4)と答えたが,1時限のプログラムを終え,調査対象者全員が興味度に関して「そう思う」,「どちらかといえばそう思う」と答えた結果となった.

(2)恐怖心について
 「怖かったかどうか(恐怖心)」関する質問に対して,「そう思う」,「どちらかといえばそう思う」と答えた調査対象者は,54%(14人)であった.
 『普段はしない姿勢なのではじめは少し怖かった』という自由記述からうかがえるように,慣れない姿勢に対する不安感が恐怖心につながったものと考えられる.また,『逆さまになったとき,足が板から離れてしまってちょっと怖かった』という自由記述もあったことから,足をステップに固定することができないために恐怖心が生じた例もあった.
 ラートは初心者にとって,楽しさを感じながら取り組むことができる運動であると同時に,約半数が何らかの恐怖心を感じていたことがわかった.初心者指導の際には特に,補助者をつけたり補助ベルトを活用する,さらにラート同士がぶつからないようにラートの間隔を空け,並行に配置する等,安全を考慮した指導と環境づくりを行うなど,実施者の不安を取り除く配慮は必要不可欠であると考える.また,回転に対する恐怖心を少しでも軽減していくことができるよう,器具の特性に慣れるためのプログラムも有効であると考える.そして,側方回転を含めたラートは,初心者にとって慣れない運動形態であるため,技術の系統性を吟味し,より多くの運動アナロゴン注6)を用いた指導を行うことが重要である.そのことは,他のベルトを用いた中心系運動注7)の技の技術定着にもつながると考える.

(3)自由記述からの考察
 表2は,意識調査における自由記述の結果についてカテゴリー化を試みたものである.一人が,複数の感想を記述している例もあるので,全調査対象者の全記述を,内容により分類し,整理したものを示すことにする.
 自由記述の中でも興味に関する記述が17件と最も多く,先に述べた興味度に関する集計結果を裏付けるものであった.また,具体的な気づきに関する記述も14件と多く,このことは,三重県の中学校が授業にラートを導入する際に「身体の認知」という特性をねらった点(三重大学教育学部ほか,2009)を裏付ける.「もっと色々なことに挑戦してみたい」,「慣れたら楽しくなりそう」など,意欲や期待感が読み取れる内容の記述も目立った.視覚および聴覚障害者を対象とした香田ら(2002)の先行研究においても,今後のラートについて「もっと高度な技をやってみたい」,「もっと続けたい」という継続する意欲を感じる学生が全体の約半数であったという報告があり,本研究でも,調査対象者における同じような意識内容が示された.
 指導に際しては,シュピンデル姿勢での回転や,後方・前方回転などの段階的な運動課題を準備し,初心者が技術的な向上を感じ取れるように配慮していくことが,意欲を持続させていくことにつながるだろう.

表2 自由記述内容

IV .結論

 本研究は,ラートの粗形態獲得前後(初心者)に現れる特徴について基礎的知見を得るとともに,そこから考えられるラート初心者に対する指導上の留意点を明確にすることを目的した.運動課題は,とりわけ初心者が初めてラートを体験する際に行われる側方回転とし,その留意点を明確にするために,初心者の試技のビデオ観察と内省調査を行った.
 その結果は以下のとおりである.

1.初心者に現れる特徴

(1)顔を正面に向けずに首を背屈させ,床を見る動作が観察された者が全体の54%(14名)であった.首の背屈に伴い両腕を伸展する者も見られ,そのような動きをすることにより,場合によってはラートが横揺れする可能性が危惧され,さらに前額面における重心移動がしにくくなる.
(2)ベルトで足部をステップに固定することができず,足首を背屈させた者が全体の85%(22名)であった.さらに,つま先を伸ばすことで足部を固定するという足の技術において,正しく自分の動きを評価することができなかった者もいた.
(3)自らのスウィングだけでは,側方回転を開始できなかった者が全体の8%(2名)おり,そして途中で回転が止まった者が全体の69%(18名)であった.その際,ラートが停止する局面は,回転の前半に生じる傾向が明らかになった.
(4)ラートが楽しかったかどうかを問う設問に対し,「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と全ての調査対象者が述べ,肯定的な内省が得られた.
(5)怖かったかどうかを問う設問に対し,「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と答えた者の合計が54%(14名)おり,約半数の者が何らかの恐怖心を感じていた.
(6)ラートプログラム終了後の自由記述においては,興味に関する記述,自己の身体感覚等の具体的な気づきに関する記述,そして意欲が読み取れる記述が目立った.

2.指導上の留意点

 初心者の特徴を踏まえた上での,指導上の留意点は以下のとおりである.
(1)顔を正面に向けさせるためには,「壁にかかった時計をみるように」など,具体的な周界条件に関連した指示をする.また,2台のラートで向かい合いながら回転させるなど,プログラムの工夫も行う.
(2)初心者には必ず補助者をつける.補助者の主な役割は@足がベルトから抜けないようにする,Aラートの横揺れを防止する,Bラートが途中で止まってしまった場合に押し進める,である.@における補助については,後方より実施者の足首を持ち,ベルトから抜けないように足を軽くステップに押し付ける方法や,実施者のかかとを手のひらで覆い,同時に指でベルトを足首側に引き付ける方法などがある.
(3)ベルトを用いて足部をステップに固定する正しい技術を,細かく指導する際には,ラート実施者の運動課題に対する精神的・技術的な余裕度を配慮し,指導のタイミングを見極める.
(4)安全に配慮した指導や環境づくりを行うなど,実施者の不安を取り除く配慮が必要である.具体的には,補助者を必ずつけたり,補助ベルトを活用すること,さらにラート同士がぶつからないようにラートの間隔を空け,平行に配置するなどが考えられる.
(5)シュピンデル姿勢での回転や,後方・前方回転など,技術的な向上を感じ取れるような運動課題を準備し,実施者の意欲を継続していくことができるよう配慮する.
(6)ラートに対する恐怖心を軽減するために,器具の特性に慣れるためのプログラムを準備することが必要である.また,技術の系統性を吟味し,より多くの運動アナロゴンを用いた指導を行う.このことは,他の中心系運動の運動課題における技術定着にもつながる.表3は初心者に対するラートを用いた運動プログラム例である.指導者は,実施者の状況に合わせてプログラムを工夫する必要があると考える.

表3 ラートを用いた運動プログラム例

V.注釈

注1)めまい(イリンクス)
 ロジェ・カイヨワ(1970)は遊びの要素をアゴーン(競争),アレア(偶然),ミミクリー(模倣),イリンクス(めまい)に分類した.めまいはそのうちの一つで,心理的,身体的均衡を失わせる動作すべてを含む(舞踊教育研究会,2002).回転したり,跳び上がったり,重心の位置を急激に変化させる運動は,心身の均衡を失わせるおもしろさをもっている.
注2)立ち直り反射(righting reflex)

 動物が体位を正しい位置にとり直し,正しい体位を保つときの一連の反射群である.人間の正しい姿勢は,頭頂部を天に向けて,顔面が重力方向と一致している直立姿勢と定義される.
注3)対称性緊張性頸反射(symmetric tonic neck reflex)

 頭部を伸展(後屈)すると,上肢が伸展し,下肢が屈曲する.
注4)適正サイズ

 腕の長さ等,個人差を配慮する必要があるが,一般的に中心系運動注7)を行う際は,身長に40p〜50pを足したサイズのラートを用いる.
注5)補助ベルト

 補助ビンディングともいう.通常のベルトにかかとを覆う部分を付け加えたもので,それにより足がベルトから抜けない仕組みになっている.
注6)運動アナロゴン

 運動創造力に基づいて,まだやったことのない新しい運動を表象したり,運動投企しようとするとき,そのための素材として役立てられる運動の類似例.新しい運動を習得しようとする場合には,運動経験として蓄積された「感覚運動的アナロゴン」が素材として利用される(吉田ら,1996)
注7)中心系運動

 身体重心をラートの中央に位置させて行う運動課題.中心系運動は上体の向きやベルト着用の有無などの違いにより,運動課題が発展していく.

VI .参考・引用文献

1) 舞踊教育研究会(2002),舞踊学講義.pp.6-7,大修館書店 
2)Cornel Hollenstein et al(1998),RHOENRAD EINMALEINS, SATUS
3)深瀬友香子 小池関也 ほか(2003),ラート競技における跳び越しのバイオメカニクス的研究〜踏み切り局面から跳び上がり局面に着目して〜.日本体育学会第54回大会号:p554
4)金子明友監修 吉田茂 三木四郎編(1996),教師のための運動学−運動指導の実践理論−.p.40,大修館書店 
5)香田泰子 天野和彦 及川力(2002),視覚および聴覚障害学生のラート運動.筑波技術短期大学テクノレポートVol.9(1):pp37-40
6)Manfred Grosser/August Neumaier著 朝岡正雄他訳(1995),スポーツ技術のトレーニング.p.66,大修館書店 
7)Manfred Grosser/August Neumaier著 朝岡正雄他訳(1995),同上書.p.76,大修館書店 
8)Meinel K. 金子明友訳(1981),スポーツ運動学.P.10,大修館書店 
9)三重大学教育学部 津市立一身田中学校(2009),津市立一身田中学校保健体育科授業研究会資料.
10)文部科学省,子どもの体力向上のための総合的な方策について(答申),http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/021001.hht(2010.6.21 参照)
11)中村隆一 斎藤宏(2003),基礎運動学.P.121,医歯薬出版株式会社 
12)中村隆一 斎藤宏(2003),同上書.P.122,医歯薬出版株式会社 
13)ロジェ・カイヨワ著 清水郁太郎・霧生和夫訳(1970),遊びと人間.岩波書店