幼児の自発的な動きを引き出す遊具に関する事例研究
~使用方法を示さない遊具「ビリボ」に着目して~

A Case Study of the Play Equipment that Elicit Voluntary Movements
of Young Children – Focusing on a Play Equipment "bilibo"
which does not Come with Instructions for Use –

古屋 朝映子(筑波大学)
田村 元延(常葉大学短期大学部/白鷗大学非常勤講師・筑波大学人間総合科学研究科)

Furuya Saeko (University of Tsukuba)
Tamura Motonobu (A part time teacher at Tokoha University.Junior College/ A part time teacher at Hakuoh University/Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
)
    

[Abstract]

   During early childhood, children need to move their bodies spontaneously, mainly through various forms of play. To facilitate spontaneous physical play, it is necessary to be creative with environmental structures, and this is where physical play equipment performs an important role. This study focused on “bilibo,” a toy that does not come with instructions for use. The study was conducted amongst 5-year-old children who were given bilibo play equipment with minimal guidance on how to use the toy, and their physical play activities were captured and analyzed. The forms of play that emerged fell into 5 main categories and 14 subcategories depending on how the play equipment was used, and it became clear that the children had devised various forms of play on their own in response to the diverse characteristics of the bilibo play equipment. The study showed that the spinning games were the most popular with respondents; specifically, the children were frequently observed to sit in the bilibo play equipment and pivot, wobble it or spin it, and play imitative games using the bilibo.

Key words :Young Children, Physical Play Activity, Play Equipment, bilibo

 

Ⅰ.諸言

 幼児を取り巻く社会環境の変化による体力低下の問題を受け,文部科学省は2012年3月に幼児期運動指針(文部科学省,2012)を策定した.指針では,「遊びとしての運動は,大人が一方的に幼児にさせるのではなく,幼児が自分たちの興味や関心に基づいて進んで行うことが大切であるため,幼児が自分たちで考え工夫し挑戦できるような指導が求められる」とされている.また,上記の内容を推進するに当たり,「友達と一緒に楽しく遊ぶ中で多様な動きを経験できるよう,幼児が自発的に体を動かしたくなる環境の構成を工夫すること」の必要性が述べられている.つまり,この指針では,幼児期における運動が,主体的な遊戯形態であることの重要性と,そのために環境の構成に対して工夫することの必要性を指摘している.
 このことに関連して,杉原(2008)は,運動指導を取り入れている幼稚園の方が,取り入れていない園に比べて,幼児の運動能力が低いという研究結果を発表しており,その原因として,運動の一斉指導の弊害を指摘している.具体的には,一斉指導により運動の多様性や実質的な運動時間が減少すること,決められた運動を一方的に繰り返すことにより,運動に対する幼児の意欲が低下してしまうことが挙げられている.この結果は,運動の内容よりも運動指導そのもののあり方が問われていると考える.また,杉本(2011)は,自由に遊べない子ども,遊びがなかなか決められない子どもを生じさせる原因として,遊びの場面において,常に大人が指示を出している実態を指摘している.
 一方で,河邉(2005)は,保育者が幼児の主体性を尊重することと保育者がなにも援助しないことは同義ではなく,幼児の遊びへの内的動機を読み取った上での適切な援助が求められると指摘している.つまり,幼児が自発的に運動遊びを行うことのできる環境の構築には,指導者の適切な「指導」と「見守り」のバランス感覚が求められると考える.特に,一斉指導を行なわない形式での運動遊びの場合,「自発性の尊重」が「放任」になってしまわぬよう,より一層適切な援助の方法を見極める必要があろう.
 こうした「幼児が自発的に体を動かしたくなる環境」を実現するためには,指導者の援助方法とともに,運動遊具が大切な役割を担っている.現在のところ,幼児の運動遊具に関する先行研究は,運動遊具の安全面に関する研究(桑原ら,1997;北口ら,2005)や,運動遊具を用いた運動プログラムが発達面や体力面に与える影響を調査した研究(中村,2008;井上ら,2011)が多数を占めており,「幼児が自発的に体を動かしたくなる環境」という観点からの遊具に関する研究は見当たらない.
 高橋(2005)は,幼児が自発的に様々な運動遊びを展開するための運動遊具の条件として,適度なリスクを備えていることと,多様な遊びを展開できることを挙げている.筆者は,こうした適度なリスクを有し,多様な用具特性を持つ遊具として「ビリボ(MOLUK社,スイス)」に着目した(写真1参照).ビリボは,高密度ポリエチレン製の遊具で,耐加重100kgである.その特徴は,以下の2つである.
① カラフルで,多様な用具特性を持つこと.
 ビリボは直径約40㎝の半球体構造であり,耐加重100kgである.そのため,凸面を上にした状態で上に乗ることが可能であり,半球体上で座位や立位でバランスをとる動きが発生する.また,凹面を上にした状態で中に入った場合は,床と半球体との接地部が小さくなるため,容易に回転させることが可能である.また,幼児が中に臀部を入れたり,頭に被ったりするのに適した大きさである.
② 使用方法について規定しておらず,使用者自らが創意工夫できること.
 ビリボは①に示す様に,多様な用具特性を有する遊具であるため,多様な遊び方を行うことが可能である.しかし,その使用方法に関して使用説明書等では規定しておらず,使用者自らが創意工夫することを求めている.


写真1 ビリボ


写真2 ビリボを使用した運動遊びの例

 多様な用具特性を持ち,その使用方法を規定していない遊具であるビリボを,幼児の自発性を尊重した形で運動遊びに取り入れた場合,幼児は多様な用具特性に応じて,様々な運動遊びを展開することが想定される.しかし,具体的に幼児からどのような遊び方を実践し,またどのような遊び方が多く出現するのかといったことに関しては,明らかにされていない.
 そこで本研究では,一人遊びや平行遊びだけではなく,連合遊びや協同遊びといった,他者との関わりを持った遊び方も多く出現する発達段階である,5歳児の幼稚園児を対象として,一斉指導を最小限にとどめたビリボを使用した運動遊びを実践し,その活動実態を調査・分析した.このことより,多様な用具特性を持ち,その使用方法について規定していない遊具であるビリボに関して,幼児はどのような遊び方を実践し,どのような遊び方が多く出現するかに関して明らかにすることを研究の目的とした.
 本研究は,ビリボという既成の単一遊具での事例研究であるが,既成の遊具を用いて幼児が自発的に運動遊びを実践した際に,どのような遊び方が出現するかについて明らかにすることは,幼児が自発的に行う運動遊びプログラムを構築するための基礎的資料として,有用であると考える.

Ⅱ.研究方法

1)対象
 茨城県内にある私立幼稚園の5歳児1クラス32名(男児17名,女児15名)を対象とした.
2)活動内容
 活動は,2012年6月25日10:00~10:25に,幼稚園内の体育館(452㎡)で実施した.
 対象クラスの幼児に対し,1人1つのビリボを与え,15分間ビリボを使って自由に活動させた(全体の活動時間は25分間.活動のプロトコルは,図1を参照).


図1 活動プロトコル

 対象児には,事前に「ビリボは,遊び方が決まっていない遊具であること」のみを伝え,遊び方に関する教示は行わなかった.活動には,筆者以外に研究補助の大学院生1名および,担任保育士2名(いずれも女性)が参加した.幼児の自発的な活動を促すことに重点を置き,幼児の遊びに寄り添った.
 但し,安全管理上,以下の点については活動内容を制限した.
 ①ビリボの凸面に対して,斜め方向から加重する行為(ビリボの横滑りによる転倒事故防止のため).
 ② ビリボの縁に手や足を挟む行為.
 ③ビリボを他人に向かって投げたり,ぶつけたりする行為.
3)分析の手続き
 活動中の対象児の様子に関してデジタルビデオカメラ3台を用いて,3方向より撮影した.デジタルビデオカメラは,対象児の活動範囲すべてが,いずれかのビデオカメラで撮影されうる位置(図2)に配置した.


図2 ビデオカメラの配置

 指導対象児32名のうち,記録映像から活動内容が途切れる事なく抽出できた者29名(男児16名,女児13名)を分析対象とした.撮影した映像の分析には,ゲームブレーカー・プラス-V9デジタルビデオ分析システム(スポーツテック社)を使用した.本ソフトは,球技等において,戦術分析のために使用されることが多い映像分析ソフトであるが,本研究においては,対象児の遊び方をカテゴリー分類するために使用した.加えて,参与観察によるフィールドノーツを作成し,分析の補助資料とした.
1-1.カテゴリー分類
 撮影した映像をもとに,15分間の活動時間中に出現したビリボの「遊び方」に関して,ビリボの使用形態の観点から,カテゴリーに分類した.
 分析では,ゲームブレーカー・プラス-V9デジタルビデオ分析システムに,撮影した3方向からのデジタルビデオカメラの映像を取り込み,活動時間15分間中に出現したビリボの「遊び方」に関して,第一筆者および第二筆者の2名が,一度に1人の対象児に着目し,逐次的にカテゴリー分類を行った.その後,2人の分類結果を照らし合わせ,不一致であった部分については,2名間の協議の上,最終的なカテゴリー分類結果を作成した.
1-2.カテゴリー内容の比較
 1-1において分類されたカテゴリー毎に,実施人数,各分析対象者における表出時間(秒)を算出した.カテゴリーにおける表出時間に関して,カテゴリー間の比較を行なった.統計処理にはKruskal-WallisのH検定およびMann-WhitneyのU検定(Bonferroni補正有)を適用し,統計的有意水準は5%とした.また,カテゴリーにおける全分析対象者の表出時間の総和を,性別毎に合計表出時間として算出した.なお,統計処理にはSPSS Statistics 20を使用した.
4)倫理的配慮
 本研究では倫理的配慮を以下の通りに行った.
 撮影に際しては,調査対象となる幼稚園の園長に対して書面にて研究目的および方法,プライバシーの保護を遵守する旨を説明し,書面にて同意を得た.本研究は,筑波大学体育系研究倫理委員会の承認(課題番号第 体25-2号)を得て実施された.

Ⅲ 結果及び考察

1)カテゴリー分類および各カテゴリーにおける実施人数
 活動時間中に出現した「遊び方」に関して,ビリボの使用形態の観点からカテゴリー分類を行なったところ,5つのメインカテゴリー(バランス系・回転系・移動系・操作系・模倣系)と14つのサブカテゴリーに分類することができた.なお,対象児の活動内容には,分類したカテゴリーの他に,他人の様子を伺う行為(傍観)および対象児同士の会話(会話)が含まれていたが,今回は,「遊び方」に関する調査であるため,これらはカテゴリー分類の対象から除外した.
 各カテゴリーの定義および具体的な例は,表1に示した.
 表2に,各カテゴリーにおける実施人数を示した.

表1 カテゴリー分類

表2 各カテゴリーにおける実施人数

 14個のサブカテゴリーのうち,一人当たり7.2 ± 1.6個(最小値4個,最大値11個)の遊び方が観察された.実施人数の多かったサブカテゴリーは,バランス系では「∩立位」(100%,29名)・「∪座位」(65.5%,19名)・「∩座位」(51.7%,15名),回転系では「∪座位回転」(96.6%,28名),移動系では「すべらせる」(79.3%,23名),操作系では「∪揺らす・まわす」(86.2%,25名),模倣系では「模倣」(100%,29名)であった.中でも,「∩立位」・「模倣」に関しては,すべて対象児において観察された.
 指導者による遊び方の指導がなされていない状況下で,この様に様々な遊び方が観察されたことより,対象児はビリボの多様な用具特性に応じて,自ら様々な運動遊びを引き出していたことが明らかとなった.
 回転を伴う遊び方や移動を伴う遊び方,遊具を操作する遊び方等,様々な形態の遊び方が観察された要因は,ビリボの多様な用具特性にあると考える.ビリボは半球体構造のため,凸面を上にした状態では,半球体上で座位や立位でバランスをとる動きが発生する.また,凹面を上にした状態では,床と半球体との接地部が小さくなるため,容易に回転させることが可能となる.幼児が中に臀部を入れたり,頭に被ったりするのに適した大きさであることも,様々な動きを誘発させた要因であると推察される.さらに,多数の遊び方が出現した背景には,ある一人の対象児が行った遊び方を他の対象児が真似をし,さらにその遊び方からヒントを得て新しい遊び方へと発展していくという,いわゆる「遊びの伝染」(山本,2000)が起こっていた可能性も示唆される.この点に関しては,対象児の行動の中に,分類したカテゴリー以外に,他人の様子を伺う行為(傍観)が観察されたことからも推察できるが,その詳細は,本研究からは明らかにすることができないため,今後更なる調査が必要である.
2)メインカテゴリーにおける表出時間
 Kruskal-WallisのH検定を用いて,各分析対象者における表出時間をメインカテゴリー間で比較したところ,有意差が認められたため(p < 0.05),Mann-WhitneyのU検定(Bonferroni補正有)を用いて多重比較検定を行なった.その結果を図3に示した.


図3 メインカテゴリーにおける表出時間

 回転系の表出時間は,バランス系,移動系および模倣系の表出時間と比べて有意に多かった(p < 0.05).また,バランス系と移動系を比較した場合,移動系の表出時間が有意に少なかった(p < 0.05).
 以上より,5つのメインカテゴリーの中では,対象児自身が回転する遊び方(回転系)が最も好まれる傾向にあることが明らかとなった.カイヨワ(1970)が提唱する遊戯論では,遊びを「アゴン(競争)」「アレア(偶然)」「ミミクリ(模倣)」「イリンクス(眩暈)」の4つに体系分類している.それに従えば,対象児の身体を回転させる遊びは「イリンクス(眩暈)」そのものである.カイヨワは,「イリンクス(眩暈)」を,「遊びのめまい性(ギリシャ語で渦巻きの意)」という意味として,次のように述べている.「この人間の平行感覚を司る内耳の器官に関わる運動感覚は人間を虜にする感覚であると考える.(中略)子どもならだれでも,体をぐるぐると急速に回転させて,体のバランスもとれない,知覚もはっきりと保てない,あの遠くへ跳んでいってしまいそうな遠心的状態に入る仕方をよく心得ている.子どもがそれを遊びとして行うこと,それが気に入っていることは疑いない」.さらに,仙田(1980)は,固定遊具における幼児の行動観察研究において,「イリンクス(眩暈)」を「めまい的あそび行動」とし,この行動こそ,遊具のもつ機能の原点であると述べている.本研究においても,対象児がビリボの「回転する」という用具特性を一番多く発見し,「イリンクス(眩暈)」を体感していたことが明らかとなった.
 この遊び方では,一人で回転する姿の他にも,友達と一緒に回転する姿が多数観察された.しかし,遊び方にはルールや役割がなく,連合遊び(Parten,1943)としての要素が強い遊び方であった.
 バランス系に比べて,移動系の表出時間が有意に少なかったのは,15分間の観察時間のうち,バランス系の遊び方は,早い段階から観察終了時まで多く観察されたのに対し,移動系の遊び方は,ある程度ビリボに慣れた段階になって初めて出現したことが影響していると推察される.また,バランス系では,観察された5つのサブカテゴリーのうち,すべてにおいて30%以上の対象児が実施していたのに対し,移動系では,観察された4つのサブカテゴリーのうち2つのサブカテゴリー(「∪片足歩行」「∩跳越え」)においては,実施人数は1人のみであったことも,要因の一つであると推察される.
3)サブカテゴリーにおける合計表出時間
 サブカテゴリーにおける合計表出時間の結果を図4に示した.

図4 サブカテゴリーにおける合計表出時間

 回転系では,男女ともにビリボの中に座って回転する遊び方(∪座位回転)が最も多かった.これは,男女ともに合計表出時間が最も多い遊び方,つまり最も人気のあった遊び方であり,個人差はあるものの,15分の活動時間の間に何度も繰り返し回転を楽しむ姿が観察された.
 遊具を操作する遊び方(操作系)では,その中でも男児において,ビリボを揺らしたり回したりする遊び方(∪揺らす・まわす)が多く観察されたことが特徴的であった.この遊び方は,カイヨワによる分類の「アゴン(競争)」に該当すると言え,ビリボを複数人で「べいごま」の様にぶつけ合い,競争する姿が多数観察された.これは,男児に顕著に観察された遊び方であり,女児ではほとんど観察されなかった.高田(2010)は,幼児の自由遊びでは,女児に比べ,男児において競争行動がより多く観察される傾向にあり,特に運動遊びにおいては,有意に多く観察されると報告している.また,Golombok & Fivush(1994)は,男児は女児と比べて,より活動的でかつ攻撃的な遊び方を好む傾向にあると述べており,本研究の結果も,これらの結果と同様の傾向を示すものであった.
 ビリボを用いた模倣遊び(模倣系)は,男女ともにすべての対象児が行っていた.具体的には,ビリボを用いて様々なものに真似る遊びが観察された.例えば,「宇宙人」遊びとして,対象児がビリボを頭から被り,2つの小さな穴から外の世界を覗く様子が見られた.また,「太鼓」「枕」「ヘルメット」「亀の甲羅」等の模倣も観察された.これは,ビリボの半球体構造によって誘発されたと推察される.
 入不二(1986)は,ごっこ遊びの場面において,5歳までの子どもの表象には,遊具の存在が必要であり,さらに遊びの中で用いられる遊具の特性は,子どもの表象内容に影響を及ぼすと報告している.このことより,ビリボのユニークな形状は,「模倣」における対象児の創造力をかき立てる要因であったと推察される.
 操作系および模倣系で特徴的であったのは,いずれも,ビリボを媒介とした対象児同士のコミュニケーションが行われていたことである.ビリボを複数人で「べいごま」の様にぶつけ合い競争する遊び方は,協同遊び(=何らかの目的のもとに組織化されたグループでの遊びであり,仕事や役割の分担がある.)(Parten,1943)であると言える.本研究で対象とした5歳児は,遊びを発展させ,楽しむために,自分たちで決まりを作ったりする年齢であり(幼稚園教育要領解説,2008),本研究においても,操作系および模倣系の遊び方において,他者との関わり合いが強い遊び方が観察された.また,模倣系の遊び方の中で見られた「ごっこ遊び」においても,「宇宙人」遊びとして,複数人でビリボを頭から被り,追いかけっこを行うといった,「集団としてのごっこ」(高橋ら,1993)が多く観察された.
 本研究で観察されたビリボの遊び方を,5歳児における遊びの発達段階に照らし合わせると,一人遊びや平行遊びだけではなく,連合遊びや協同遊びといった,他者との関わりを持った遊び方も多く出現しており,定量的に示すことはできないものの,概ね該当年齢の遊び方に合致したものであったといえよう.

Ⅳ.まとめ

 本研究では,5歳児32名を対象としたビリボを使用した運動遊びにおいて,その活動実態について調査・分析した.
 その結果, 次の知見を得ることができた.
① 活動時間中に出現した「遊び方」は,バランス系・回転系・移動系・操作系・模倣系の5つのメインカテゴリーと14つのサブカテゴリーに分類でき,様々な遊び方が観察された.対象児はビリボの多様な用具特性に応じて,自ら様々な遊びを引き出していたことが明らかとなった.
② 5つのメインカテゴリーにおいて,対象児自身が回転する遊び方(回転系)が最も好まれる傾向にあることが明らかとなった.
③ 14つのサブカテゴリーにおいて,回転系では,男女ともにビリボの中に座って回転する遊び方(∪座位回転)が最も多く観察された(96.6%,28名).操作系では,男児において,ビリボを揺らしたり回したりする遊び方(∪揺らす・まわす)が多く観察された(86.2%,25名).男女ともに,ビリボを用いて模倣して遊ぶ(模倣)姿も多く観察された(100%,29名).
 本研究結果より,ビリボを使用した運動遊びでは,全体的には,対象児自らがビリボの多様な用具特性に応じて,様々な遊びを引き出していたことが明らかとなった.しかし,個々の運動内容に眼を向けると,観察された14個の遊び方のうち,一人当たりに観察されたのは,7.2 ± 1.6個の遊び方であり,その遊び方に偏りが見られたのも事実である.遊び方に偏りが見られたのは,対象児が個々の状況(発達段階や遊び方の好み)に応じて,自発的に運動遊びを実践した結果,つまり運動遊びにおける自発性の発露であると言える.一方で,「多様な動きを経験させる」という体育科学的側面から見た場合,より多様な動きを引き出すためには,実践しなかった遊び方にも眼を向けさせるように仕向ける必要がある.そのためには,一方的に指導者が運動内容を提示するのではなく,他者が実践している遊び方への関心を促すような,グループダイナミクスを活かした援助の方法を検討する必要があろう.
 実際の教育現場においては,幼児の遊び方に対する興味・関心を十分に把握した上で,適切な遊具環境とそれに対する適切な指導方法を整える必要がある.ビリボは,一つの遊具で多様な運動遊びを提供できる点において,経済性に優れている遊具であると言える.また,あえて遊び方を示さないというコンセプトを持つビリボは,「幼児が自発的に体を動かしたくなる環境」を具現化するための遊具の一つとして可能性を有するものであると思われる.

Ⅴ 今後の課題

 本研究は,5歳児を対象に,ビリボのみを遊具として取り上げた.今後はより幅広い年齢層を対象に,他の遊具における活動との比較検討を加える必要がある.また,本研究では,適切な指導方法に関する詳しい知見は得られていないため,今後は,指導方法に関する調査も行いたい.

Ⅵ 謝辞

 本研究は,文部科学省特別経費プロジェクト「たくましい心を育むスポーツ科学イノベーション」(別称:BAMISプロジェクト)の助成を受けて行ったものである(2010-2013).また本研究は,調査協力幼稚園における関係者の協力によって遂行できた.ここに記して感謝の意を示す.

Ⅶ 利益相反

 本研究において,利益相反に相当する事項はない.

Ⅷ 文献

1)Caillois, R. 著 多田道太郎ほか訳(1970),遊びと人間.pp.42-81,講談社
2)Golombok, S., & Fivush, R.著 小林芳郎ほか訳(1994),ジェンダー発達の心理学.pp.124−129,田研出版株式会社
3)井上美喜子ら(2011),インタラクティブ遊具を用いた遊び行動と発達の分析.情報処理学会論文誌,第53巻,第4号:1238-1250
4)入不二敬子(1986),子どものごっこ遊びに関する発達的研究~遊具の特性と子どもの表象との関連について~.家政学雑誌,第37巻,第8号:705-710
5)河邉貴子(2005),遊びを中心とした保育.pp.16−21,萌文書林
6)北口喜子ら(2005),保育所における遊具スペースの安全性に関する研究.日本建築学会中国支部研究報告書.第28巻:649-652
7)桑原淳司ら(1997),幼児施設の園庭遊具における事故とその安全性について.ランドスケープ研究,第60巻,第5号:639-642
8)文部科学省,幼児期運動指針について.http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/undousisin/1319192.htm(2012年12月1日)
9)文部科学省(2008),幼稚園教育要領解説.pp.278-279,株式会社フレーベル館
10)中村和彦(2008),子どもの発達を促す遊具とは.子どもと発育発達,第6巻,第3号:138-141
11)Paretn, M. B.(1932),Social participation among pre-school children. Journal of Abnormal and Social Psychology, 27:243-269.
12)仙田満(1980),遊具における子どもと集団形成の研究(Ⅱ).造園雑誌,第44巻:93−98
13)杉原隆(2008),運動発達を阻害する運動指導.幼児の教育,第107巻,第2号:16-22
14)杉本厚夫(2011),「かくれんぼ」ができない子どもたち.pp.34-46,ミネルヴァ書房
15)高田利武(2010),日本人幼児の社会的比較:行動観察による検討.発達心理学研究,第21巻,第1号:36-45
16)高橋道子ら(1993),子どもの発達心理学.pp.80-81,新曜社
17)高橋信行(2005),遊具の安全性について考える~遊具は「安全な危険」を提供します!?.教育ジャーナル2005,1月号:52-55
18)山本登志哉(2000),群れ始める子どもたち:自律的集団と三極構造 岡本夏木・麻生武(編)年齢の心理学~0歳から6歳まで.pp.103-141,ミネルヴァ書房