「素早い往復走」における動きの質の高まりに関する研究

Study on Enhancement of Quality of Motion in “Quick Shuttle Running”

                 加納岳拓(四日市市市立内部東小学校)
                 太田直己(三重大学大学院 四日市市立日永小学校)
                 矢戸幹也(三重大学教育学部附属小学校)


 Kano Takahiro (Yokkaichi City Utsube Higashi Elementary School
)
 Ohta Naoki (Graduate School, Mie University; Yokkaichi City Hinaga Elementary School)
 Yato Kanya (Elementary School Attached to Faculty of Education, Mie University)

    

[Abstract]

   The aim of this article is to elucidate skill-enhancement observed during skillful motions, viewed from a qualitative aspect, at the phase of turning back in the running, with data obtained through the practice of “quick shuttle run”, which is one of the movements to enhance skills in skillful motions. Targeting 6 graders in an elementary school, we implemented a play class in which quick shuttle runs were performed and we extracted 4 characteristic episodes at the phase of changing direction (turning) in progression of a series of motions of the children. As a result, it has become evident that, the upgrade of the quality of motion in the quick shuttle runs comes from an appearance of the “fused phase”, which is a combination of the final phase in an outward route and the preparation phase in a homeward route. It has become clear, furthermore, that the “fused phase” shows up not only during the shuttle runs performed within a prefixed “course”, but also during the shuttle runs performed in a “space” where the change of direction in various directions must be done instantly. It shows up through the “next-motion-anticipating” movement by the children, in a form matching the situation.

Key words : phase of motion, fused phase, next-motion-anticipating

 

T.諸言

 本稿の主題として掲げている「素早い往復走」とは,小学校高学年から体育の運動領域として位置づいている「体力を高める運動」の内容の一つ「巧みな動きを高める運動」で,運動例として明記されているものである(文部科学省,2010)。「体力を高める運動」は,今日の課題である子どもの体力低下の解消を目指し,運動を楽しく行う中で体力の向上を図ろうとする運動領域である。その中の「巧みな動き」は,「人や物の動きに対応してタイミングよく動くこと,バランスをとって動くこと,リズミカルに動くこと,力を調整して動くことができる能力」を高めることを目的としており,発達段階を考えると,小学校高学年で重点的に指導することが大切とされている。
 また,「巧みな動きを高める運動」の例示として用具を用いた運動が挙げられており,現場の教師が運動の行い方や意味が理解しやすいように,具体的な運動例や授業づくりの留意点が,「学校体育実技指導資料第7集『体つくり運動』」(文部科学省)として公開され,学校現場にハンドブック(文部科学省,2010)が配布されている。その中に「素早い往復走」が記載されているが,運動を取り上げる際には,体力を高める目安(数値)だけに注目するのではなく,子どもが高まりを実感し,意味ある繰り返しができるように,授業を構想したり展開したりすることが大切であるとされている。言い換えると量的な向上だけではなく,質的な高まりへの注目の必要性を述べていると言えよう。
 素早い往復走の動きの質についての研究として,近藤ら(2010,2012)は,10mの折り返し走における動きの評価を行うために質的観点を提示している。折り返し走の評価観点として「スムーズに進んでいる」「素早く方向転換している」を挙げているものの,評価は授業者の主観に任されており「スムーズ」「素早い方向転換」といった巧みな動きの内実について言及されていない。「素早さ」の内実を明らかにすることによって,運動をより具体的に質的な側面から評価することができるようになるだろう。
 さらに,素早い往復走と同じ走を取り扱う陸上の短距離走との違いは,折り返し局面の有無であり,折り返し局面の巧みさを高めることが,この運動の大きな価値であると考えることができる。
 そこで本稿では,「巧みな動きを高める運動」の一つである素早い往復走の実践を通して,素早い往復走での折り返し局面における巧みな動きの高まりについて質的側面から明らかにすることが目的である。

U.方法

(1)文部科学省(2010)が配布している『小学校体育(運動領域)まるわかりハンドブック高学年(第5学年及び第6学年)』に例示されている用具を用いた運動例「素早い往復走」を基に単元を構想し,小学校6年生で実践をする。
(2) 対象の実践を,スポーツ運動系における質を詳しく規定する段階を示しているマイネル(1981)の論を援用して分析する。第一段階の「運動記述」を行うために,まず,授業での活動の様子をデジタルビデオカメラ(SONY 社製,HDR−CX170)で撮影し記録する。記録の中から,子どもの運動経過の中で折り返し局面に関して特徴的な場面をエピソードとして記述する(鯨岡,2005)。エピソードは,授業者が記述し,授業者を「私」と表記し,子どもの名前はすべて仮名でカタカナ表記とする。また,子どもや授業者の発言は鉤括弧で表記する。
(3) エピソードを基に,スポーツ運動系の質を規定する第二段階「カテゴリーによる把握注1)」を基に,素早い往復走での動きの質的な高まりについて考察を行う。

V.授業概要

 授業概要は,以下に示す通りである。
日 時 :2012年10月30日〜11月15日(全4時間)
場 所 :四日市市立A小学校 体育館
授業者 :四日市市立A小学校 6年3組 担任
運動者 :四日市市立A小学校 6年3組 38名
運 動 :巧みな動きを高める運動/素早い往復走   
運動内容: 運動は,『小学校体育(運動領域)まるわかりハンドブック高学年(第5学年及び第6学年)』に例示されている素早い往復走を基に構想した(図1)。素早い往復走は,巧みな動きとして挙げられている能力の中でも「バランスをとって動くこと,リズミカルに動くこと,力を調整して動くことができる能力」を高めることをねらっている運動である。

 運動は,1チーム4人グループで行い,走者はスタート位置から約10m離れた位置に玉を一球置いて(又は取って)戻り,次走者にリレーをし,10球を置き(取り)終わったときのタイムを計るゲーム形式で行った(図2)。
 単元構成: 単元は,表1の通りに構成した。

 単元概要: 第1時は,図2の場で「10球置く(取る)タイムを早くしよう」という課題の中で活動を行った。活動は,1つの場ごとに2グループずつ行い,グループ同士で運動を見合ったり,話し合ったりしながら活動を進めていった。活動の中では,子どもたちは,次走者にタッチする手を決めたり,タッチをする体や手を伸ばしてできるだけ前でしたりすること,スタートの姿勢を低くすることなどを発見し,タイムを縮めようとしていた。そして,授業終了時の各グループの最高タイムを「基準タイム」とした。 第2時から第4時は,フープの位置を第1時よりもフープ半個分遠くした場に変更することを子どもたちに伝え(図3),【課題1】を「基準タイムより早くゴールできるかな」として,第1時の自グループの基準タイムを切ることができるのかを課題とした。

 第2時では,折り返し局面に目を向けてほしいと考えていたため,第1時の際に各グループで行っていたタッチの方法やスタートの形など,折り返し局面以外の動きに関するポイントを紹介し,全体で共有した上で活動に入った。活動は,第1時と同じように,グループ単位で課題を解決する方法を考えながら行った。活動の中で,タッチの方法やスタートの形ではタイムを縮めることが難しくなり活動が停滞してきたときには,一度子どもたちを全体で集めて,折り返し局面に注目して運動を観察している子どもを紹介した。活動中,教師はタイムが縮まらないグループに関わるように心がけ,タイムを縮めているグループを一緒に観察し,動きの違いを一緒に見つけたり、動きを言語化させたりする中で,子どもたちが自ら動きを変容していけるように働きかけた。
 このような働きかけの中で,どのように折り返すとタイムを縮めることができるのかを徐々に考え始めるようになった。また,第1時には近くのグループの運動をしか観察していなかったが,タイムを縮めているグループがあれば,離れている場で活動していても,運動を観察しにいくように変化していった。
 また,第3時・第4時の授業の後半では,場を図4のように変更し,【課題2】「相手よりも早くゴールできるかな」として競争型のゲームを行った。

 【課題1】での活動では,折り返し局面での動きを中心に考えていた子どもたちが,【課題2】では、その動きに加えて,どこのフープに向かうのかということに注意を払いながら活動を行っていた。さらに,タイムを計る前後で相談をすることが多かった子どもたちが,状況が目まぐるしく変わるゲームであるため,玉が3個になりそうなチームを教えるといったように,ゲーム中に同じグループの子へ声掛けをする子どもが多くなっていった。

W.学びの実際

 エピソードは,第2時から第4時にかけて,4件抽出した。【エピソード1】は「手を着くことで早く折り返す」【エピソード2】は「回転すると時間がかかる」,【エピソード3】は「時間的余裕がなくなることで動きがつながる」,【エピソード4】は「向かう場所によって玉を持ち変える」ことへの記述である。




X.考察

5−1.融合局面の出現
 【エピソード1】のトモヤは,ヒマリの動きを観察している中で,玉を置く手とは反対の手の位置に注目を向けている。トモヤ自身は,折り返すときに,すべらない方法として認識をしているが,単にすべらないということにとどまらず,体勢が低くなることで踏ん張りが効くようになり,復路の一歩目が力強いものとなっている。さらには,手を着こうとすることで,玉を置くときには自然と帰る方向に体重が乗るような動きとなっている。また【エピソード2】のカナミは,初めフープに正対する形で玉を置いてから,帰っていくような動きであった。しかし,アオトとヒマリのやり取りを聴く中で,回転することで時間のロスが生まれてしまうことに気づき,体を半身にして,戻る準備の動きを行いながら玉を置く(取る)動きへと変化していった。【エピソード3】のマサヤは,【課題1】では,しっかりと置いてから再び返ってくるような動きであった。しかし,課題の対象が相手となっている【課題2】では,【課題1】のときのように自分が取る玉が保証されておらず,次々と状況が変化する。このような状況の中で,少しでも自分の思い通りにゲームを進めたいという願いから,余裕を持って「置いてから次へ向かう」のではなく,自然と体を半身にさせたり,顔を上げ状況を把握したりしながら「次への準備しながら玉を置く」という動きへと変化したと考えられる。 これらの動きをマイネル(1981)の「運動の局面構造注2)」の視点から考察することとする。往復走を【1:往路】「スタート〈準備局面〉→走る〈主要局面〉→玉を置く(取る)〈終末局面〉」と【2:復路】「スタート〈準備局面〉→走る〈主要局面〉→次走者へタッチ(課題2の場合は続いてスタート)〈終末局面〉」として考えると,運動開始時の子どもたちの姿は,【1:往路】と【2:復路】の動きが分断されており,玉を置いてから再びスタートするという2回の短距離走を行っているような動きと言えるだろう(図9)。

 一方で,【課題1】でタイムを縮めたり,【課題2】で相手より早く玉を3つ集めたりするといった中で生まれた動きの変化は,単にフープまで全力で向かい玉を置いてから帰るという分断された動きではない。復路の第一歩目をスムーズに出す姿勢や体重をかける場所の変化,そして正対から半身への変化は,【1:往路】の〈終末局面〉と【2:復路】の〈準備局面〉が重なり合い(図10),「走りながら置く」「置きながらスタートする」という〈融合局面〉が立ち上がることによって素早い折り返しが生まれたと見ることができよう(図11)。


 以上のように,素早く折り返すために融合局面を生み出すと言った動きの質の高まりによって,【エピソード1】でのトモヤのように,反対の手を着きながら,復路のための体重移動をするというような「バランスを取って動く」能力を高め,【エピソード2】でのカナミのように,動きの方向を変化させる際に時間のロスをできるだけ無くして復路のスタートにつなげる「力を調整して動く」能力の向上にもつながると言えよう。また,この運動を行う目的の一つである「リズミカルに動く」点についてであるが,「運動リズム」とは,「緊張局面と脱力局面の流れるような移行」(マイネル,1981)によって生まれるため,力を調整する能力を高めようとする中で,同時に高められるものと考えられる。
 さらに,【エピソード3】のマサヤのように,より時間的な制約が与えられた【課題2】の中で融合局面が生まれたことを考えると,小学校での内容にとどまらず,中学校学習指導要領解説保健体育編(文部科学省,2008)に,第1学年及び第2学年の同領域の内容として示されている「力を調整して素早く動くことができる能力」を高めようとすることで,より融合局面が出現するということも言えよう。

5−2.空間における運動の先取り
 【エピソード4】のショウタは,【課題1】のときには,スムーズに走者が替わるために左手で玉を持ち,走っている間に持ち替えることはなくそのまま玉を置いていた。また,第3時から行った【課題2】の初めでは,利き手の右手で玉を取ったり玉を置いたりする動きを繰り返していた。このようなショウタが,第4時のゲーム中に周りの様子を伺った瞬間に玉を左手に持ち替え,これまでと反対の向きで玉を置きながら次の場所へ走っていった。
 この動きは,単に玉を素早く置きながら再スタートを切るということにとどまらず,【課題2】の達成という「運動目的の先取り」をする中で,次に向かう位置を見据えている「運動投企の先取り」を行っている動きであると考えられる注3)。この「運動の先取り」によって,往路と復路の融合局面をより生み出しやすくしていると考察できる。
 融合局面を生み出すために,状況に合わせた「運動の先取り」を行う姿は,小学校高学年の学習内容を越えて中学校体育の「巧みな動きを高める運動」で目指す質の高い動きであると考えられる。小学校では,行い方の例示として「コースをリズミカルに走ること」が挙げられており,コースは「運動競技で,定められた通路・進路」を意味している。【課題1】では,玉を置く場所が一か所であったため,子どもたちは一定のコースを走っていたとみることができる。一方で中学校の「巧みな動きを高める運動」では,例示として,「様々な空間を歩いたり,走ったり,跳んだりして移動すること」(文部科学省,2008b)が挙げられておりが,「空間」は「あらゆる方向への広がり」を指している。【課題2】で取り組んだゲームは,状況によって玉を取りにいかなければならない場所が次々と変化する。その中で瞬時に玉を持ち替え,置く向きを変えるといった「運動の先取り」をしたショウタの動きは,「あらゆる方向へ素早く移動する」ために状況に合わせて出現した動きと言えよう。

Y 結語

 本稿は,巧みな動きを高める運動の一つである「素早い往復走」の実践を通して,素早い往復走での折り返し局面における巧みの動きの高まりについて質的側面から明らかにすることが目的であった。その結果,「素早い往復走」における動きの質の高まりは,【往路】の〈終末局面〉と【復路】の〈準備局面〉が一つの〈融合局面〉として現れることが明らかになった。さらに,〈融合局面〉は,予め決められた「コース」で行われる往復走の中で現れるだけではなく,瞬時に様々な方向へ向かうことが必要な「空間」で行う往復走でも,「運動の先取り」をすることにより,状況に合わせた形で出現することが明らかとなった。
 これらの知見は,素早い往復走において,教師が子どもの運動を質的に評価する際の手掛かりになるとともに,子どもが自己の運動を振り返ったり,仲間の運動を観察する際に共有したりする視点ともなるだろう。本稿が、子どもたちにとって実感を持ちながら,巧みな動きを高められるような授業になるための一助となれば幸いである。

注1:マイネル(1981)は、運動の質を「(1)運動の局面構造(2)運動リズム(3)運動伝導(4)流動(5)運動の弾性(6)運動の先取り(7)運動の正確さ(8)運動の調和」の8つのカテゴリーに分けて説明をしている。
注2:マイネル(1981)は、全身を使うどのような労働の運動やスポーツの運動でも、局面構造として準備局面・主要局面・終末局面の3分節から成立するとしている。
注3:マイネル(1981)は,組み合わせ運動系がスムーズに行われる基本的な特徴として「運動の先取り」を述べており,ハンドボールのシュート場面を例として説明をしている。ハンドボール選手がパスを受けてただちにゴールへシュートをする際には,ボールを受ける姿勢も足の構えも,シュートを打つための方向にただちに体をひねることができるように構えられることとなり,ボールを受け取ることは投げるための準備動作と融合し,手で保持することも次に投げるのに適合するように行われるのである。つまり,運動が組み合わさっているときには,次の動作に移る前に運動の目標や目的が先取りされ(運動目的の先取り),その目的に合わせるように行為の展開が規定されている(運動投企の先取り)のである。

Z 引用・参考文献

(1)近藤智靖ほか(2010),小学校「体つくり運動」領域における動きの評価に関する事例的研究.白鴎大学論集,25(1):253-269
(2)近藤智靖ほか(2012),小学校「体つくり運動」領域における動きの質的評価に関する事例的研究 : 動きの評価観点の修正を中心として.日本体育大学紀要,41(2),171-178
(3)鯨岡 峻(2005),エピソード記述入門−実践と質的研究のために−.東京大学出版社
(4)クルト・マイネル著 金子明友訳(1981),スポーツ運動学,pp.156-260,大修館書店
(5)文部科学省(2008a),小学校学習指導要領解説「体育編」,pp.61-62,東洋館出版社
(6)文部科学省(2008b),中学校学習指導要領解説「保健体育編」,pp.29-30,東山書房
(7)文部科学省(2010),教師用指導資料 小学校体育(運動領域)まるわかりハンドブック 高学年(第5学年及び第6学年),pp.12-13,文部科学省
(8)文部科学省,学校体育実技指導資料第7集「体つくり運動」(改訂版),
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/jyujitsu/1325499.htm(2013.10.26)