ラート運動におけるDoppelknieumschwungの技術に関する発生運動学的考察

A consideration of the technique of the double knee circle in the straight-line of the wheel gymnastics from the phenomenological-morphological movement theory of sports

             堀口 文(愛国学園保育専門学校非常勤)
             佐野 淳(筑波大学)
             本谷 聡(筑波大学)
             高橋靖彦(法政大学非常勤)

        Aya Horiguchi (Aikoku Gakuen Nursery Professional Training College, Part-time)
        Atsushi Sano (University of Tsukuba)
        Satoshi Motoya (University of Tsukuba)
        Yasuhiko Takahashi (Hosei university, Part-time Lecturer)


[Abstract]

  The objective of this study is to elucidate the techniques used for Doppelknieumschwung (“knee-turning”; in Japanese “hizakake mawari”; two turns, hereafter “DKU”) in the exercise category straight line of Rhönrad (wheel gymnastics) from the view point of phenomenological-morphological movement theory.
 The person who is being studied is the author himself who has mastered DKU already. The period of study is 4 years and 4 months during which the author practiced the DKU aiming at mastering it. The period was divided into 3 sub-periods according to the learning level. Then, the data were collected in each sub-period for the image at the practice and matches, and for the description of the practice note, etc. Based on the data, the learning level was reviewed in detail. The content of the learning level was further analyzed reflectively from the view point of phenomenological-morphological movement theory. As a result of the review, the following technical points came to light:

 1) To uplift the body in the backward-obliquely upward direction in accordance with the rotation of the wheel and upward movement of the body in the rising aspect at the preparatory stage.

 2) To cahnge the movement appropriately in the main aspect by feeling the rotational speed of the wheel and position and posture of his/her own body in the rising and main aspect at the preparatory stage.

Keywords : Wheel gymnastics, Double knee circle, the phenomenological-morphological movement theory of sports, phenomenological analyses, process of improving skills


I .序論

 ラート運動とは、ラートといわれる器具を用いて行なわれるドイツ発祥のスポーツである。体操競技、新体操競技、フィギュアスケート競技などと同様に審判員の採点によって順位を競う評定競技であると同時に、生涯スポーツとしても親しまれている。本論ではラート運動の直転種目における技の一つである Doppelknieumschwung(日本語名:膝掛け回り・2回、以下、DKUとする)を取り上げる。
 直転種目とは、ラートが2本のリングによって回転する種目である。本研究において取り上げるDKUは、現在ラート競技では最高難度とされるD難度である(IRV,2013:63頁、大塚・本谷,2015:67頁)。世界ラート競技選手権大会(以下、世界選手権)において直転種目で上位を占める女子選手の多くはこの技を習得し、演技構成に組み込んでいる。このような、ラート運動の中でもより高度な技の習得は競技力の向上に加え、動きづくりや、より良い動きの追求という点についても重要な役割を担うと考えられる。しかし、日本にはDKUを習得している選手がほとんどいないのが現状である。そのためにこの技に関する技術についての情報は少ない。
 ここで技術という言葉について言及しておく。運動分析には人間の運動を客体化して説明しようとするサイバネティクス的運動分析論と、人間の運動感覚能力による形態発生を主体原理に基づいて解明しようとする現象学的な運動分析論が存在する(金子,2002:139頁)。本論では、後者の立場で技術という言葉を使用しており、それらは運動時の速度や関節の角度等のバイオメカニクス的な運動の方法ではなく、あくまで動感(注1)身体のレベルでいうその運動の「やり方」のことを指している。運動の実施者が習得時や習熟過程において感じていた「動いているときの感じ」や、実施にあたり「大切だと感じていたこと」等の内容は、その運動の習得を目指す選手や指導者にとっては非常に大きな意味を持つと考える。しかし、ラート運動ではこういった発生運動学的な立場から論じられている研究は少ない。(堀口,2013、北島,2016)
 以上のような問題を背景とし、本研究ではDKUの技術を発生運動学的な立場から解明することを目的として論を進めていく。


図1 ラート-器具の名称-


注1;動感とは、精密科学としての生理学ないし心理学における運動感覚のことを指しているのではなく、私の〈動いている感じ〉や〈動ける感じ〉を表している。(金子,2005:304頁)


II .本論

1.DKUの構造と運動特性

 @DKUとは
 DKUとは、直転種目における周辺系運動のうちの一つの技である。周辺系運動は、ラートの上方局面や下方局面で行なわれる。上方局面とは、身体重心がラートの中心点を通る水平線より上方にあり、下方局面とは、身体重心がその水平線より下方にある局面のことである。上方局面と下方局面の境界線は図2のように示される(本村・大塚,2011:5頁)。


図2 上方局面と下方局面

 DKUは上方局面で行なわれる技である。上方局面で行なわれる技は、それに続く下方局面を合わせて1難度とする(大塚・本谷,2015:6頁)。 DKUは、上方局面において図1で示されている「開脚バー」を使って鉄棒運動でいう後方膝かけ回転(以下、膝かけ回転とする)を2回行ない、その後に任意の下方局面を伴うことで、上方局面と下方局面を合わせた運動全体が1つのD難度として認められる。

 ADKUの構造
 上記で述べたように、DKUは規則上、膝かけ回転を行なう上方局面(図3における主要局面)とその次の下方局面(図3における終末局面)だけを指す。しかし、マイネルのいう局面構造(マイネル,2000:156頁以下)にあてはめると、規則上でのDKUの運動開始よりも前の運動も準備局面として重要な役割を担う。図3はDKUの準備局面から終末局面までの運動経過を示している。本論では、膝かけ回転を行なう上方局面の一つ前の上方局面から下方局面までを「準備局面における下降期」(以下、下降期とする)、膝かけ回転をする直前の下方局面から膝かけ回転を開始する直前までを「準備局面における上昇期」(以下、上昇期とする)、膝かけ回転の開始から終了までを「主要局面」、膝かけ回転の終了から次の下方局面までを「終末局面」とした。


図3  DKUの運動経過

 

2.技術研究について

@ 研究対象
 本研究における研究対象者は筆者自身である。筆者は2009年にラート競技を始め、現在競技歴は8年である。2011年〜2014年、2016年、2017年に日本代表に選出されており、直転種目では2013年の世界選手権において3位入賞等、国際大会でもトップレベルの成績を残している。
 筆者は、DKUの習得を目指して練習を開始した2011年8月時点で、主要局面以外の準備局面や終末局面における運動に関して、一人で問題なく実施できる技術を獲得していた。主要局面に関わる運動としては、鉄棒運動における膝かけ回転を幼少期に遊びで実施していた程度であった。
 筆者は本研究で扱うDKUを、2012年の夏に開催された全日本学生ラート競技選手権大会で初めて実施しており、それ以降全ての試合で直転種目の演技構成に入れて成功させている。

A 研究方法と考察の手順
 本研究の目的は、ラート運動の直転種目におけるDKUの技術を発生運動学的な視点から解明することである。そして、筆者がDKUの習得を目指し、鉄棒における膝かけ回転の練習を開始した2011年8月から2015年12月の全日本ラート競技選手権大会(以下、全日本選手権)までの期間を研究の対象とする。まず、その期間を習熟度により以下の発生期、熟練期、完成期の3つの期間に分けた。

(1) 発生期(2011年8月〜2012年9月)
 この期は、DKUの練習開始から初めて実施した試合までの期間である。主に主要局面における技術的な動感が発生し始め、DKUが一連の運動として実施できるようになった期間である。
(2) 熟練期(2012年9月〜2014年11月)
 この期は、初めてDKUを実施した試合以降から受傷(アキレス腱断裂)前までの期間である。この期間中には、感覚が大きく崩れた時期もあった。その中で試行錯誤を繰り返しながら毎試合での演技構成にDKUを組み込み、技として熟練してきた時期である。
(3) 完成期(2014年11月〜2015年12月)
 この期は、受傷(アキレス腱断裂)後から試合復帰までの期間である。アキレス腱を断裂したタイミングで一度DKU全体の動きから離れ、準備局面や終末局面に関わる運動を基礎から見直すことになった。再びDKUを実施できるようになるまでの過程で、受傷前に感じていたポイントを再構築しながらも更に詳細な動感も加わり、DKUの完成に近づいた時期である。

 上記の期間ごとに練習や試合の映像、また練習ノートなどの資料を基に、習熟過程を詳しく思い出しながら書き出して反省分析していく。この分析によって、上記の期間にどのようなことに気をつけて練習していたか、DKUに対してどのような感情を持っていたか、実施した際にどのような感覚であったかなど、過去の練習内容や思考内容、心理状態、身体感覚に焦点をあてて技術ポイントを明確にする。その際、その時の自分に戻ったような気持ちでその瞬間の動感を詳しく思い出すということを意識して、分析を進めていく。更にそれらを詳しく考察していくことで、DKUの技術を明らかにしていく。

3.習熟過程の分析

 習得過程では、「次はこうしてみたらどうだろうか」「もしかしたらこれが大切なのではないか」などとアイディアのように技術的な動感が湧き上がってくることがある。それらは、練習を続けていくにつれて仕組みを理解し、技術ポイントとして定着することもあれば、途中で消え去ったり、また思い出したりということもある。本研究ではこれらの過程も重要であると考え、細かく分析を行なった。
 ここでは特に「上昇期における姿勢の意識」と「膝かけ回転に関する意識」の2点を取り上げて記述していくこととする。
 本文中ではアイディアのように湧き上がってきた段階のポイントを太字で記す。それらの仕組みを理解し始め、DKUを成功させるために非常に重要であると確信し始めた段階のポイントには、太字に且つ下線を引いて示すこととする。

(1) 発生期(2011年8月〜2012年9月)
 2011年に初出場した世界選手権で、上位選手の演技を間近で見る機会があり、直転種目において世界選手権で活躍するためにはDKUを習得する必要があると感じた。そこで、まずは鉄棒を使い膝かけ回転の練習を開始した。
 鉄棒では最初こそ恐怖感はあったものの、何回か練習するうちに回りきれるようになった。しかしラートのバーを使って膝かけ回転をしようとすると、バー自体がラートの回転に伴って動いてしまうために上手く回転することができなかった。ラート上で膝かけ回転をするには勢いや力任せではなく、楽に回りきれるような感覚を身につけることが必要だと考え、ラート上での練習と同時進行で鉄棒での練習も行なうことにした。そこで力まずに膝かけ回転を回りきるために、回転の序盤(大腿から膝裏に鉄棒を移動させる瞬間)は肩が上がったり膝関節が屈曲しすぎないようにリラックスし、頭が鉄棒の下に向かう瞬間に回転が一番加速するようなイメージで実施した。また、鉄棒を大腿から膝裏に移動させる瞬間にはリラックスしながらも身体はみぞおちのあたりを上に引き上げるイメージ、肩から肩甲骨のあたりを先行させて後ろに引くことを意識した。すると、起き上がりの局面では全く力むこと無く回りきれるようになった。更に肩を引く前に腰が下に落ちないようにすること、力まずに後ろに肩を引いてから下に向かって回転を加速させることも意識することで少しずつスムーズに回りきることができるようになった。
 その後、「後ろ進行のシーソー」(図4)に続けて膝かけ回転を行なう練習を始めた。


図4 後ろ進行のシーソーの運動経過

 シーソー後は身体のバランスがとりにくく、幇助者がラートの回転スピードや位置を調整することにより、かろうじて膝かけ回転が2回転できるような状況であった。何週間か練習していくうちに、一連の流れに慣れ、後ろ進行のシーソーの最中に次の膝かけ回転の回り初めの姿勢を意識できるようになった。次の動きを意識することで、徐々に後ろ進行のシーソーと膝かけ回転という別々の運動を実施しているような感覚から、後ろ進行のシーソーから膝かけ回転というように一連の運動に近づいていった。

(2) 熟練期(2012年9月〜2014年11月)
 この頃になると膝かけ回転で回りきれないことはほぼ無くなっていた。しかし、回転後に自身が座っているバーがラートの頂点を越えないことが多く、越えない場合は前方に落ちそうな感覚があり恐怖感に繋がった。ラートの頂点を越えようと、自身が座っているバーが床に近づく際にバーを臀部で強く押してラートを漕ぐ動作をすると、バランスを崩し、逆に勢いを止めてしまうことも頻発していた。漕がなければ越えない、漕ぎ過ぎるとバランスを崩してしまう状況であったが、強くラートを漕ぎ、更にリングを後ろに引っ張るような意識があればラートの頂点を越える確率は上がっていった。
 また膝かけ回転をする前にリングを後ろに上手く引けたかどうかで、回りきったときに自分がどのくらいの位置にいるかをおおむね予測できるようになっていた。そのため、少し勢いが足りないと感じた時は回りきってすぐにラートを後ろに引っ張るような姿勢をとって対応できるようになった。自身が座っているバーがラートの頂点を越えそうかどうかの判断が早くできた上で、それにすぐに対処するというのは、この技を成功させるためには非常に重要なポイントであると感じていた。
 その後も試行錯誤しながらの練習が続いたが、2013年3月のある時、膝かけ回転が上手く回れていないときはリングを引くことによって身体が前方に出てしまい、バランスを崩したり肩をリングにぶつけたりしてしまい、膝かけ回転がしにくくなっているということに気づき、その後以下の2点を意識して練習した。
 ・リングを引くときは斜め後ろ(赤の矢印の方向)にリングを引くこと(図5)
 ・リングを引くことによって上半身が前(青い矢印の方向)に出ないようにする (図5)


図5 シーソー後にリングを引く方向-斜め後ろにリングを引く-

 この2点を意識することで体勢が大きく崩れることもなく、大抵の場合は自身が座っているバーがラートの頂点を越えるようになった。また膝かけ回転の前の下方局面においてリングを引く時に上半身が前に出ないようにするためには、シーソー時に重心をバーから少し後ろにおく意識が重要であった。
 2013年5月になり、世界選手権まであと2ヶ月という時期に急に感覚が大きく崩れた。この数ヶ月強く意識していたシーソー時の重心は少し後ろ、同時にリングを斜め後ろに引くということが上手くできたと感じていたにも関わらず、膝かけ回転を2回した後に、自身の位置がラートの頂点を全く越えておらず前方に落下した。膝かけ回転を回り終わったあとの位置が自分の予測と大きく差があったことにショックを受け、この落下後に再び恐怖心を持ってしまうことになった。この時期に先輩から「シーソーでラートを漕いでいないのではないか」というアドバイスをもらった。それにより、シーソー時に重心を後ろにおくこととリングを引くことのみを念頭に置いており、DKUを始めた当初に意識していたシーソーでラートを漕ぐというポイントが完全に抜け落ちていたことに気がついた。重心は少し後ろ、同時にリングを引くというポイントに加えて、シーソーでラートを漕ぐことを意識して練習し、恐怖心を拭うことができた。
 2014年4月になり、世界トップレベルの選手のみを対象とした合宿に参加した。この合宿中にも何度か自身が座っているバーがラートの頂点を越えないことがあり、2011年と2013年の世界選手権において直転種目で優勝している選手にアドバイスを求めた。すると、シーソーでラートを漕ぐことだけでなく回り始めるのを少し待つというポイントが挙がった。しかし、回り始めるのを少し待つということは、これまで考えたことが無く、自分の感覚では「待つことなどできない」といった感覚であった。しかし、みぞおちのあたりを意識して身体を引き上げるということが上手くできたと感じた時に、「それだ!待てるじゃないか」と言われた。確かに、身体を引き上げることができるとその間、わずかではあるが膝かけ回転を開始するまでに時間ができる。だが体勢によっては、身体を引き上げることができずに勝手に回り始めてしまうことが多かった。この経験を通して、【身体を引き上げる】ことを意識する前に【身体を引き上げる】ことができる体勢を作らなければいけないと考えた。しかし、このときは世界チームカップラート競技選手権(以下、チームカップ)直前であったためあまり大きく意識を変えずに、試合に臨むことにした。結果的にチームカップでは、今までの試合で実施したどのDKUよりも良い感覚のものができた。シーソー時に身体が前に出る、後ろに倒れ過ぎる等のブレが全くなく、膝かけ回転が2回転終わった時に丁度ラートが少し頂点を越えていたため、全く調整する必要がない実施であった。この時の感覚は特に鮮明に覚えており、シーソーをした瞬間、膝かけ回転を開始する前に既に成功を確信していた。この経験より、改めてDKUは回り始める直前の姿勢が成功の鍵を握っているのだと感じた。
 その後、筆者は7ヶ月ほどラート運動を学ぶためにドイツに留学した。ドイツ人選手のDKUを見ているうちに、その中でも上手な選手とまだ習得していない選手の違いが少しずつ分かるようになってきた。まだ習得していない選手のDKUは、膝かけ回転が回りきれていても回転自体がぎこちなく、起き上がりに何か引っかかるような感じがあった。上手な選手には回転の開始時に肩が上がったり膝関節が屈曲しすぎたり、力んでいないという特徴があった。
 次に気がついたのは、回転の開始時に身体を大きく使えているということである。具体的には、回転を開始する瞬間に大腿前面が腹部に近づくように腰が下に落ちずに、膝、腰、肩を結ぶ角度が直角に近いということであった。以下の図6は回転開始時に腰が下に落ちている様子であり、図7は腰が下に落ちていない様子を示している。


図6 膝かけ回転開始時の姿勢-腰が下に落ちている-


図7 膝かけ回転開始時の姿勢-腰が下に落ちていない-

 その後2014年11月8日にドイツを出発し、9日に日本に帰国した。帰国当日の練習中にアキレス腱断裂を受傷した。

(3) 完成期(2014年11月〜2015年12月) 
 11月9日にアキレス腱を断裂し、11日に再建手術を受けた。DKUは受傷前に試合で実施していた技の中では最も習得にむけて苦労し、試行錯誤しながら練習してきた技であったため、ラートの技術面での復帰という点ではDKUの再習得は大きな意味を持っていた。
 数ヶ月後、難しい技は一人ではできないが、シーソーの練習であれば一人でできるという状況になり、これはシーソーの技術を基礎から見直す良い機会だと考えた。しばらくシーソーのみの練習を続けるうちに、シーソー時に重心をラートの移動に合わせるという感覚が出てきた重心をバーに合わせると一言にいっても、ある瞬間だけではなく移動するラートに合わせ続けなければならない。そのため、重心もラートに合わせて移動させていく必要があるラートの動き、特に自身が座っているバーの位置を感じながらシーソーをすることが重要であった。バーの位置を感じながらシーソーをすると体勢の安定感が増し、後ろ進行のシーソーの直後に冷静に自身の状況を感じ取ることができるようになった。
 2015年の全日本選手権に向けて練習していた時、これまでとは大きく異なる感覚が発生した。シーソー直後にとっさに自身の位置やラートのスピードをはっきりと感じ取ることができた。その瞬間にいつもと同じ動きではラートの頂点を越えないと判断し、膝かけ回転を2回実施した後、頂点を越えさせるために以下の図8のように後方のリングを握ることができた。この経験から、回転の最中に自身の位置を感じ、回転後の体勢を変化させる(図8または図9のどちらが適しているか)判断ができるようになった。


図8 膝かけ回転終了時の姿勢 -後方のリングを握る-


図9 膝かけ回転終了時の姿勢-前方のリングを握る-

 その後も上方局面における膝かけ回転中の感覚が更に研ぎすまされていく感覚があった。以前からラートの回転スピードが足りないと感じたときはラートを後方に引きながら回るといった感覚はあったが、ラートの頂点を越え過ぎそうと感じたときには素早く2回転することを意識していただけであった。しかしこの頃になると、頂点を越え過ぎそうと感じたときに膝かけ回転を加速させるタイミングを遅らせることで、ラートの回転も抑えるといったことを無意識にしていたことに気がついた。つまり、通常膝かけ回転時には頭が下に向かう瞬間に、膝かけ回転を加速させるイメージ(図10)で回転していたが、ラートの回転スピードが速く、頂点を越えてしまいそうだと感じたときには、以下の図11のタイミングで膝かけ回転の回転スピードを加速させることでラートの回転を抑えていたということである。


図10 膝かけ回転を加速させるタイミングとその方向-頭が下に向かう瞬間に回転を加速させる-


図11 膝かけ回転を加速させるタイミングとその方向-頭が下の瞬間に回転を加速させる-

 全日本選手権まで一ヶ月をきった時期でも、やはりDKUが直転の演技の成功の鍵を握っていた。特に膝かけ回転をする前、つまり上昇期においてラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることを最重要ポイントとして意識していた。ただし、いつも完璧にその動作ができるわけではなかったことや、例えその動作が自分のイメージ通りにできたとしても、そもそものラートの回転スピードが足りないという状況にもなり得るため、その後の膝かけ回転を加速させるタイミングや、膝かけ回転をおさめる姿勢によってそれらを補うこともDKUを成功させるためには重要であった。
 全日本選手権の本番では、DKUの前の技はスムーズに流れ、上昇期においてもラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることを意識できたが、膝かけ回転を開始するタイミングが少し早くなってしまった。しかし、そのことにすぐに気がつき、膝かけ回転を2回終えた後に後方のリングを掴むことで停滞や逆戻りを防ぐことができた。その上、その判断が非常に早かったため、見た目に大きな減点要素はなく、その後の技にも影響を及ぼすこともなく成功した。
 ここまで筆者のDKUの習熟過程を遡って分析したが、その結果、筆者がDKUを習得し、習熟させるために強く意識していたことや、大切だと思っていたことなど、数多くの技術的動感が浮かび上がってきた。その中で特に重要だと思われるポイントは下記の通りである。
 まず上昇期において、ラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げることが挙げられる。また上昇期におけるラートの回転スピードや、自身の体勢や位置を感じ、それに応じて膝かけ回転を開始するタイミングを早めたり遅らせたりすることである。加えて、膝かけ回転自体の回転スピードを加速させるタイミングを早めたり遅らせたりすることも重要である。
 次に、膝かけ回転をしている最中である主要局面において、ラートの回転スピードや自身の位置を感じることが必要であり、それに応じて膝かけ回転2回の収め方を変化させることである。具体的には、膝かけ回転2回を終了する時点で自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えていない場合は、後方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。反対に自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えている場合は、前方のリングを掴んで膝かけ回転を収めるようにする。

4.考察

 筆者の習熟過程から明らかになったDKUの技術ポイントを順に以下で考察していく。1つ目は上昇期において図12のような姿勢で、矢印の方向に身体を引き上げることである。


図12 身体を後方斜め上方向に引き上げる姿勢

 上昇期において、ラートの回転を妨げる動きをしたり、逆にラートの回転を加速させ過ぎる動きをしたりすると上方局面で膝かけ回転を2回実施できなくなる可能性がある。それらを防ぎ、程よいスピードの中で膝かけ回転を実施するためには、図12のような姿勢になることが重要である。このとき、ただこの姿勢になるという意識だけではなく、ラートの回転スピードを感じてラートの回転と自身の上昇に合わせて、みぞおちのあたりを意識しながら身体を引き上げていくといった感覚が必要となる。
 また、この動作は直後に実施される膝かけ回転に大きな影響を与える。膝かけ回転は、回転の開始時に腰が下に落ちて、膝、腰、肩を結ぶ角度が小さくなると、身体が力んでしまい回りきることができない。しかし「上昇期においてラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げる」ことで、その問題は解消され、回転の開始時に肩が上がったり、膝関節が屈曲しすぎたりしないでリラックスして身体を大きく使うことができるようになり、力ずくではなく自然に回ることができるようになる。
 次に上昇期と主要局面においてラートの回転スピードや自身の体勢、位置を敏感に感じ取り、それに応じて主要局面における動作を変化させることである。ラートは円形で常に回転する器具である。その回転のスピードは、器具の重量、床の材質、前に実施する技の質などによって簡単に変動する。そのため、ラートの回転スピードや状況を瞬時に感じ取り、それに応じてその後の動きを変化させることがDKUを成功させるためには重要である。
 具体的には、上昇期における動感から「ラートを進めたい」と感じた場合は、膝かけ回転の開始を遅らせ、且つ回転の前半に膝かけ回転を加速させることで、ラートを進めることができる。反対に「ラートを進めたくない」と感じたときには膝かけ回転の開始を早くし、且つ回転の後半に膝かけ回転を加速させることでラートのスピードを減速させることができる。膝かけ回転の2回転目においても同様に動作を変化させることができる。また、2回転した後にもラートを進めたい場合には後方のリングを掴んで体重を後ろにかけることができ、ラートを進めたくない場合は前方のリングを掴むことで加速を抑えることができる。
 このような動感と動作の変化のさせ方を運動の経過に沿って図で示すと、図13のようになる。この図中の白抜きの矢印は、上昇期、主要局面において感じる様々な動感から「ラートを進めたい」と感じた瞬間に選択する動作を示していて、白抜きではない矢印は「ラートを進めたくない」と感じた瞬間に選択する動作を示している。


図13 DKUの上昇期、主要局面における動感内容

 また図13は、あくまで上昇期、主要局面においてラートの回転スピード、自身の体勢や位置を感じ、それに応じて変化させる動きの内容を分かりやすくまとめた図である。実際にはこの図のようにいくつかある選択肢の中から動作を選んでいるというよりは、上昇期や主要局面において何かを感じた瞬間にほぼ自動的に次の動作を変化させている。


III.結論

 本論では、ラート運動の直転種目におけるDKUの技術ポイントを明らかにするため、実際にこの技を習得している筆者の習得・習熟過程を発生運動学的な視点から分析、考察をした。これによって以下のことが技術ポイントとして抽出された。

・ 準備局面の上昇期において、ラートの回転と自身の上昇に合わせて身体を後方斜め上方向に引き上げること

・ 準備局面の上昇期および主要局面において、ラートの回転スピード、自身の体勢や位置を感じて主要局面における動きを以下のように変化させること

T)膝かけ回転2回の開始のタイミング
 ラートの回転スピードが遅い場合は、膝かけ回転開始のタイミングを遅らせる。反対にラートの回転スピードが速い場合は、膝かけ回転開始のタイミングを早める。

U)膝かけ回転の回転を加速させるタイミング
 ラートの回転スピードが遅い場合は、膝かけ回転を加速させるタイミングを早くする。反対にラートの回転スピードが速い場合は、膝かけ回転を加速させるタイミングを遅くする。

V)膝かけ回転2回の収め方
 膝かけ回転を2回終了した時点で、自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えていない場合は、後方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。反対に自身が座っているバーの位置がラートの頂点を越えている場合は、前方のリングを掴んで膝かけ回転を収める。



W .文献

・堀口文(2013):ラート競技の跳躍種目における“乗り技術”に関する発生運動学的考察, 平成24年度筑波大学卒業論文
・IRV(国際ラート連盟)(2013):Straight-line Difficulty(D)2013.
・金子明友(2002):わざの伝承, 明和出版.
・金子明友(2005):身体知の形成(上),明和出版.
・北島瑛二(2016):ラート競技の直転種目における“前回りカット”の技術分析-直転種目上位選手を対象にして-,平成27年度筑波大学卒業論文.
・クルト・マイネル(著), 金子明友(訳)(2000):マイネル・スポーツ運動学, 大修館書店.
・本村 三男,大塚 隆編(2011):ラート用語集2011, 日本ラート協会.
・大塚 隆,本谷 聡編(2015):ラート競技採点規則2015, 日本ラート協会.
・大塚 隆,本谷 聡編(2015):ラート競技難度表(直転)2015.3, 日本ラート協会.