組体操の呼称と学習指導要領への位置付けに関する研究

Study on Transition of Term Referring to Human Pyramid and the Position
in Education Curriculum Guidelines

新原 俊樹
(九州大学大学院統合新領域学府ライブラリーサイエンス専攻)

             

Toshiki SHIMBARU
(Department of Library Science, Graduate School of Integrated Frontier Science, Kyushu University)
        


[Abstract]

  In 2015, a human pyramid collapsed at a junior high school in Osaka, Japan, resulting in injuries to several children. This accident triggered a nationwide campaign to eliminate the human pyramid from school events. This campaign was based on the idea that the human pyramid was not included in the education curriculum guidelines. In the present study, the author investigated whether the human pyramid was included in the education curriculum guidelines. The following results were obtained.

1. In the 1930s, the human pyramid was considered to be a form of “tumbling” or “stunts”. However, by the 1980s, the terms “tumbling” and “stunts” had been replaced with gymnastics terminology. Consequently, the human pyramid came to be referred to as “kumitaiso”.

2. “Tumbling” and “stunts” were definitely included in the education curriculum guidelines published in the 1940s. However, following a revision in 1958, the education curriculum guidelines listed only basic contents, and these terms no longer appeared in the guidelines.

Keywords : Education curriculum guidelines, Human pyramid, Tumbling, Stunts, School sports events

I .序論

 2015年9月に大阪府内の公立中学校の体育大会で起きた人間ピラミッドの崩落事故を契機として、学校現場における人間ピラミッドの巨大化の問題が大きく取り上げられた。これを受けて、国会でも超党派による議員連盟により文部科学大臣あてに組体操事故への対応について申し入れがなされ、これを受ける形で2016年3月に文部科学省のスポーツ庁が「組体操による事故の防止について」とした事務連絡を各県教育委員会等あてに通知した。この通知について、当時の文部科学大臣は記者会見(文部科学省,2016b)で「禁止を伝えるための通知ではありません」「組体操をやるのであるならば、より緊張感を持って対応していただかなければいけない、という思いを込めた」と述べている。しかし、国の意思とは裏腹に、東京都や大阪市、福岡市では組体操のピラミッドとタワーが禁止されたほか、千葉県の柏市、流山市、野田市、松戸市では組体操そのものが全面廃止となるなど、各地で組体操を規制する動きが進んだ。
 注目すべきは、こうした一連の議論や動きが「組体操が学習指導要領に位置付けられていない」ことを前提として進んでいたことである。2016年2月に内閣に提出された質問主意書とそれに対する答弁書をはじめ、法的な拘束力を持つ学習指導要領に裏付けされていない組体操を学校現場の意思で勝手に実施しているとの意見を目にすることが多かった。確かに「組体操」の語は現行の学習指導要領には現れないが、それを根拠に組体操が学習指導要領から逸脱した根拠のない指導であると判断するのは早計だと考えられる。本研究は、組体操が本当に学習指導要領から削除されたのか、資料に基づき検証する。

II .組体操の呼称の変遷

 今日、運動会や体育祭、体育大会等(以下、これらを総称して「運動会」という)で披露されるピラミッドやタワー等の運動種目を指す場合、「組体操」又は「組立体操」の呼称が一般的だと考えられるが、この呼称に関する明確な決まりは見つからない。そこでまず、この運動種目の呼称の変遷について調査した。
 戦前の旧制中学校で開催されていた運動会における運動種目を確認すると、「タンブリング」の語が見つかる(福岡県立筑紫丘高等学校,1967、修猷館二百年史編集委員会,1985、平松,2009)。1936年発刊の辞書である大辞典初版(平凡社,1936)は、タンブリングについて「体操競技の一種。多数の演技者が手をつなぎ、又は肩の上に乗り((ママ))などして、様々な物の形を表現する軽業に似たる遊戯」と紹介している。また、小学校体育研究会(1936)は、タンブリングについて「『ころび』『ひくりかへり』『とんぼがへり』という意味を有ち一人乃至三人で行はれる運動」と紹介しているほか、「ピラミッドビルディング」という語についても「二人又は二人以上が一団となって構築する運動図形」と紹介している。さらに、タンブリングとピラミッドビルディングの関係について「近年はこのタンブリングの中にピラミッド(ビルディング)を含めて考へる人もあるやうである」と述べていることから、当時の学校現場では、これら2つの語はそれほど意識して区別されることなく使用されていたものと考えられる。
 英語の排斥運動が進んだ戦時中において、資料は限られているが、タンブリングやピラミッドビルディングも他のスポーツと同様に言い換えがなされている。入江ら(1990)によれば、1942年に開催された明治神宮体育大会において披露された各種演技種目の中に「転回運動」と「組合運動」の語が見られる。いずれも日本体育会体操学校(現:日本体育大学)の生徒による300名規模の集団による演技であったことを踏まえると、これらの語がそれぞれタンブリングとピラミッドビルディングの言い換えに当たると考えられる。このほか、福岡県中学修猷館(現:福岡県立修猷館高等学校)の事例(修猷館二百年史編集委員会,1985)では、1941年の運動会でタンブリングとされていた演技種目が、翌1942年の運動会では「構成美」の名称に変更されている。タンブリングを「転回運動」ではなく「構成美」と言い換えていることも、当時、タンブリングとピラミッドビルディングは意識して区別されることなく使用されていたことを示唆するものである。
 戦後、1951年に文部省が発刊した中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編(試案)にも、運動種目「巧技」を構成する運動としてピラミッドビルディング、タンブリング、スタンツ(簡単に見えてちょっとできない自試的運動)が位置付けられている。その後、1970年代までタンブリングが持つ意味に大きな変化は見られない。広辞苑は初版(新村,1955)から第二版(新村,1975)まで「多人数で手をつなぎ、また肩に乗り((ママ))などして、種々の形を作る体操遊戯」と紹介し、広辞林も第五版(三省堂編修所,1973)から第六版(三省堂編修所,1983)まで「体操の一種、ショー的な体操で、数人で手を組んだり肩に乗ったりして、種々の形を作る」と紹介している。
 しかし、1980年代に入り、タンブリングが持つ意味が変化する。広辞苑は第三版(新村,1983)以降、タンブリングについて「体操の一種目。マットを使って行う跳躍・回転などの運動」と紹介するようになり、広辞林の後継である大辞林初版(松村ほか,1988)も「体操競技の一((ママ))。マットの上で行う跳躍・転回などの運動。前・後方宙返り、腕立て転回、側転などがある」と紹介している。これらの説明はいずれも体操競技の床運動で見られる技を指している。なお、日本国語大辞典第二版(日本国語大辞典第二版編集委員会ほか,2001)は、タンブリングの新旧2つの意味を併記して紹介している。
 そして1990年代の中頃になり、大辞林第二版(松村ほか,1995)が初めて「組体操」について「二人または三人ずつ組みになって行う体操。肩車にしてポーズをとったり、三人一組みで前転したりする体操」と紹介している。広辞苑の場合はさらに遅く、第六版(新村,2008)から「複数の人が組になって行う体操。集団の整然とした動きによって美しさを表現する」と紹介している。なお、これまでに示した資料の中に「組立体操」の語は一度も現れていない。
 以上の資料に基づき、運動会で披露されるピラミッドやタワー等の運動種目の呼称の変遷について、次のとおりまとめた。(1)戦前においてこれらの運動種目は「タンブリング」や「ピラミッドビルディング」と呼ばれていた。(2)戦後、「タンブリング」は1980年代までの間に体操競技の床運動における技を指す語に変化した。(3)1990年代の中頃になり、これらの運動種目の一般的な呼称として辞書の中で「組体操」が紹介されるようになった。
 なお、「組体操」の語が生まれた時期や、広く学校現場に普及した時期を知るためには、さらに各学校の資料等を調査する必要がある。
 組体操の学習指導要領への位置付けを議論するに当たっては、これらの運動の呼称の変遷にも留意する必要がある。

III .組体操の呼称の地域特性

 次に、今日の運動会で披露されるピラミッドやタワー等の運動種目が各地域で何と呼ばれているか、インターネット上に公開されているWebページを調査した。具体的な調査手順を以下のとおり示す。

(1)2種類の検索エンジン(米国Google社が提供する「Google」と同Microsoft社が提供する「Bing」)を利用し、「組体操」「組立体操」「タンブリング」「スタンツ」の各語の検索結果として、それぞれ上位300件に表示されるWebページの情報を取得した。この時、組体操や組立体操と同義の「組み体操」「組み立て体操」「組立て体操」も検索対象とし、運動会に関連したサイトを抽出するため、「運動会」「体育祭」「体育大会」「プラグラム」の各語と組み合わせて検索を行った。
(2)こうして得たページの中から重複するものを除外した上で、ページのタイトル、URL、説明文に基づき運動会の開催地(都道府県)が特定できるものを抽出した。
(3)タンブリングとスタンツについては、運動会における運動種目を指す語として使用されているページのみを残し、タンブリングが体操競技の床運動の技を指す語として使用されているページのほか、スタンツがチアリーディングの技や野外活動での余興を指す語として使用されているページは除外した。

 以上の手順で得たWebページ数は、Googleで519件、Bingで218件となった。Googleの519件の中で最も多く使用されていた語は「組体操」363件であり、以下、「スタンツ」69件、「組立体操」63件、「タンブリング」24件であった。また、Bingの218件の中で最も多く使用されていた語も「組体操」91件であり、以下、「組立体操」61件、「スタンツ」42件、「タンブリング」24件であった(図1)。


図1  検索エンジン別のWebページ数と各語による区分

 図1に示すとおり、Google、Bingいずれの検索結果においても「組体操」が最も多く、「組立体操」「スタンツ」が続き、「タンブリング」が最も少ない結果となったが、各語が占める割合は2つの結果でやや異なった。次に、これらのページを都道府県別に集計した(図2,図3)。

    
図2 都道府県別のWebページ数と各語による区分
  図3 都道府県別のWebページ数と各語による区分
(Google検索結果)               (Bing検索結果)

 図2及び図3において、抽出したページ数は都道府県によって大きな差が見られるが、これは各都道府県内の学校数(文部科学省,2016a)に差があることに起因すると考えられる。また、全国的には「組体操」の語を用いる事例が多いが、都道府県別に見ると、群馬県、山梨県、愛知県、大阪府、兵庫県、奈良県では「組立体操」、和歌山県、福岡県では「タンブリング」、北海道、石川県、静岡県、愛知県、佐賀県では「スタンツ」を用いる事例が比較的多く、地域によって差があることが分かった。「タンブリング」や「スタンツ」は戦前の書籍や戦後に作成された学習指導要領でも使用されていたが、どのような経緯で特定の地域に限定されるようになったのか、その経緯については別稿にて検証したい。
 「組体操」と「組立体操」の違いについて、濱田(1996)は組体操を「2人以上の人たちが組んで行う体操であり、互いに力を貸したり、体重を利用し合ったりして1人では得られない効果をねらう体操」とし、これに対して「表現性の強い体操の一領域」を特に「組立体操」としている。「組体操」「組立体操」の各語を構成する「組む」と「組み立てる」の2つの動詞が持つ意味の違いを調べると、広辞苑、広辞林、大辞林の各辞書において、「組む」には自動詞として「仲間になる、組になる」のほか、他動詞として「組み合わせて作る」の2つの意味が紹介されている。これに対して「組み立てる」は、本来、他動詞としての「組み立つ」が口語化したものとされ、「組み合わせてまとまったものに作り上げる」の意味が紹介されている。両者の他動詞としての意味の違いはほとんど無く、動詞として「組む」の意味が「組み立てる」のそれを包含しており、「組む」の一部の意味が「組み立てる」の意味とほぼ同義であることが分かる。このように、辞書によって説明されている各動詞の意味に基づき解釈すれば、「組体操」は「複数人が組になって互いの力を利用して行う運動」であり、「個々の人間が組み合わさって全体として何かを表現する運動」(=「組立体操」)でもある。

IX.学習指導要領の変遷と組体操の位置付け

 組体操の呼称の変遷を念頭に置いた上で、組体操の学習指導要領への位置付けについて、年代ごとに各学校種に分けて検証する。

1.1947年〜1956年の学習指導要領
 1947年〜1953年の期間に文部省が発行した学習指導要領は、末尾に「(試案)」が付くなど、教師が指導に当たる際の手引書としての性格が強いものであった(奥川,2007)。この時期の小学校〜高等学校の各学校種の学習指導要領に見られる組体操に関する記述は以下のとおりである。

(1)小学校学習指導要領体育科編(試案)改訂版(1953年発行)
 本学習指導要領は、小学校において体育科の学習指導に当たる教師の手引書として書かれた「学習指導要領小学校体育編(試案)」(1949年発行)の改訂版であり、指導内容を系統立てて整理したものというより、学校現場での指導計画例や指導案例など教師の参考となる事例を多く収録したものである。この収録事例の中に「力試しの運動」があり、その中の具体的な運動として「スタンツ」「ピラミッド」に関する記述が見られる。
(2)中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編(試案)(1951年発行)
 本学習指導要領は、中学校や高等学校において体育の指導に当たる教師が具体的な計画を作成する際に参考とすることを目的としたものである(文部省,1951)。この中に、高等学校の男子を想定した運動種目として、器械体操、ピラミッドビルディング、タンブリング、スタンツを包含した「巧技」が初めて使用されている。巧技は、運動能力の類型的方面から柔軟型、歩行型、平均型、力技型、懸垂型、跳躍型、転回型、組立型の8つに分類され、組立型の中には「肩上水平」「やぐら倒立」などのほか、「扇」「摘み俵」「大ピラミッド」なども紹介されている。
(3)高等学校学習指導要領保健体育科編改訂版(1956年発行)
 本学習指導要領は、(2)のうち高等学校に関する部分を改訂し、さらに「保健」を加えて保健体育科としてまとめたものである(文部省,1956)。この中にも「巧技」が明記されているが、その内容については、従来の8分類から6分類(懸垂、跳躍、転回、歩行、平行、組立)に再編されている。

2.1958年以降の学習指導要領(「体育」教科に係る記載)
 1958年8月に学校教育法施行規則の一部が改正され、これまで手引書に過ぎなかった学習指導要領が法的な拘束力を持つようになった(野崎,2006、奥川,2007)。また、この改正において学校の教育課程が各教科、道徳、特別教育活動及び学校行事等によって編成されることが規則に明示され、運動会は学校行事の一つである保健体育的行事に位置付けられた。この改正に合わせて、1958年10月から各学校種の学習指導要領が相次ぎ改訂された。この時の改訂の大きな特徴は、地域による学力差を解消して基礎学力を充実させるため、基本的な事項の学習に重点を置いて各教科の指導内容を精選し、教育課程の最低基準を示して義務教育の水準の維持を図ったことである(文部科学省,2011)。なお、最低基準として示されていない事項の指導については、改訂後の小学校学習指導要領(1958年施行)と中学校学習指導要領(1958年施行)の冒頭の総則において「特に必要と認められる場合には、(筆者註:学習指導要領の)第2章に示していない事項を加えて指導することをさまたげるものではない」としている。この改訂に伴い、学習指導要領の「体育」の教科に係る記載の中で、組体操の位置付けは以下のとおり変化している。

(1)小学校学習指導要領(1958年施行)
 本学習指導要領から指導内容が系統的に整理される中で、従来の「力試しの運動」の運動は「徒手体操」や「器械運動」として整理される一方で、「スタンツ」「ピラミッド」は明示されなくなった。
(2)中学校学習指導要領(1958年施行)
 本学習指導要領の運動種目「器械運動」の一部に、「巧技」の中でも基本的な運動である「け上がり」「ともえ」「腕立て前転」などが残されているが、比較的難易度の高い運動は明示されなくなった。
(3)高等学校学習指導要領(1960年施行)
 本学習指導要領からこれまで記載されていた運動種目が大きく組み替えられ、「巧技」の中でも基本的な運動が「器械運動」として再編される一方で、「走り前宙返り」「倒立歩行」「腕立水平」「やぐら倒立」「ピラミッド」等の難易度の高い運動は明示されなくなった注1)。この時、ピラミッド等と同様に学習指導要領に示されなくなった運動種目としてスキーとスケートがある。基本的事項に重点を置いた指導内容の精選の過程で学習指導要領に示されなくなったこれらの運動について、本学習指導要領は「各領域の内容については、示された事項に基づき、地域や学校および生徒の実態などを考慮して選択するとともに、これに示していない運動種目(たとえばスキー、スケートなど注2))を加えて指導してもよい。」と補足している(図4)。なお、この補足文は現行の高等学校学習指導要領(2013年施行)にも引き続き明記されている。


図4  高校学習指導要領改訂時の各運動の位置付け

3.1958年以降の学習指導要領(「体育的行事」に係る記載)
 1958年8月の学校教育法施行規則の一部改正に伴い、運動会が学校行事の中の保健体育的行事として位置付けられたことにより、学習指導要領においても運動会の活動に関する記載は「体育」教科とは別に記載されるようになった。各学校種の学習指導要領の記載は以下のとおりである。

(1)小学校学習指導要領
 1958年施行の学習指導要領では、「学校行事等」としてどのような行事があるか大まかに列記された項目の中に「保健体育的行事」の記載があるだけで、その具体的な内容についても抽象的な記載にとどまっている。1971年施行の学習指導要領には「保健体育的行事」の中に「運動会」が明記されているが、その内容については「種類ごとに適宜の活動を取り上げて実施するものとする」として具体的には示されていない。1980年施行の学習指導要領において行事別に内容が示されるようになり、「体育的行事」の内容は「心身の健全な発達と体力の向上に資し、公正に行動し、協力して責任を果たす態度を育てること」とされている。この内容はその後の学習指導要領にも引き継がれており、新学習指導要領(2017年告示)においても「健康安全・体育的行事」として「心身の健全な発達や健康の保持増進、事件や事故、災害等から身を守る安全な行動や規律ある集団行動の体得、運動に親しむ態度の育成、責任感や連帯感の涵養、体力の向上などに資するようにすること」とされている。
(2)中学校学習指導要領
 基本的な変遷は小学校と同様である。1958年施行の学習指導要領の中に「学校行事等」として「保健体育的行事」の記載がある。具体的な内容についても抽象的な記載にとどまっている。具体的な内容が示されたのは小学校よりもやや早く、1972年施行の学習指導要領には「体育的行事」の内容として「心身の健全な発達に資し、公正に行動し、進んで規則を守り、互いに協力して責任を果たすような活動にすること」とされている。この内容が引き継がれ、新学習指導要領(2017年告示)に至る(文章は前述の小学校の新学習指導要領(2017年告示)と同文)。
(3)高等学校学習指導要領
 小学校や中学校の変遷と異なり、1960年施行の学習指導要領から「学芸的行事や保健体育的行事においては、平素の教育活動の成果を総合的に生かすようにし、それぞれの趣旨を逸脱することのないように考慮し、特に一部の生徒の活動に終始しないように配慮することが必要である」とやや踏み込んだ留意事項が示されている。1973年施行の学習指導要領では「体育的行事においては、心身の健全な発達に資し、公正に行動し、進んで規則を守り、互いに協力して責任を果たすような活動にすること」とされている。その後、1982年施行の学習指導要領では「体育的行事」の語のみが記載され、内容が示されなくなるが、1994年施行の学習指導要領から再び「健康安全・体育的行事」として「心身の健全な発達や健康の保持増進などについての理解を深め、安全な行動や規律ある集団行動の体得、運動に親しむ態度の育成、責任感や連帯感の涵養、体力の向上などに資するような活動を行うこと」と示され、この内容のとおり現行学習指導要領(2013年施行)に引き継がれている。
 以上のように、学習指導要領は体育的行事の内容について「体育」教科のように具体的な事項を示してはいないが、「規律ある集団行動の体得」「運動に親しむ態度の育成」「責任感や連帯感の涵養」「体力の向上」といった要件を提示し、この要件を満たす活動を行うことを求めている。

X.まとめ

 近年、学校現場における人間ピラミッドの巨大化と崩落事故の問題が注目され、その対応が求められる中で、組体操による事故を減らしていくための議論や検討が置き去りにされたまま、組体操を規制する動きだけが先行して進んでいる。本研究は、こうした動きの中で散見される「そもそも組体操は学習指導要領から逸脱したもの」とする論調への懐疑を出発点として、「組体操」の呼称と学習指導要領への位置づけの変遷について資料に基づき調査した。その結果、以下の点が明らかになった。
 運動種目の呼称の変遷については、(1)戦前においてこれらの運動種目は「タンブリング」や「ピラミッドビルディング」と呼ばれていた。(2)戦後、「タンブリング」は1980年代までの間に体操競技の床運動における技を指す語に変化した。(3)1990年代の中頃になり、これらの運動種目の一般的な呼称として、辞書の中で「組体操」が紹介されるようになった。また、今日、これらの運動種目の呼称としては、全国的に見れば「組体操」の語を用いる事例が多い一方で、「組立体操」「タンブリング」「スタンツ」の各語を用いる地域も見られる。
 学習指導要領における組体操の位置付けについては、(1)学習指導要領が手引書としての位置付けであった年代においては、「力試しの運動」や「巧技」を構成する運動として「スタンツ」「タンブリング」「ピラミッドビルディング」が明記されていた。(2)1958年の学習指導要領の改訂の際、全国で一定の教育水準を維持するために、最低基準となる指導内容に精選される過程でこれらの運動は明示されなくなった。(3)1958年の改訂以降、運動会は「体育的行事」とされたが、その内容について、各学校種の現行の学習指導要領は「規律ある集団行動の体得」「責任感や連帯感の涵養」「体力の向上」などに資する活動を行うことを求めている。
 本調査結果が、学習指導要領における組体操の位置付けについての多角的な視点に基づく理解の一助となり、学校現場において安全に組体操を行うための議論や検討が進むことを期待する。

注1)「巧技」が解体され、その一部が「器械運動」に再編された背景について、濱田(1992)は「現場の指導者の間では、やりにくい、わかりにくい、現場的でない、分類法に国際性がないなどあまりよろこばれなかった」と述べている。
注2)廣瀬(1992)や礒崎(2004)によれば、公用文中に記載される非限定列挙「など」は、同種のものの代表として列挙された語句の後に付き、ほかにもまだあることを言外に示す場合などに用いる。


XI .文献

1)福岡県立筑紫丘高等学校(1967),筑紫丘四十年史,pp.62-63,福岡県立筑紫丘高等学校.
2)福岡市教育委員会(2016),運動会・体育大会における組体操の取り扱いについて,
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/53459/1/kumitaisounotoriatukai.pdf.
3)学校管理下における重大事故を考える議員連盟(2016),組み体操事故への対応についての申し入れ,pp.1-2,http://www.hatsushika.net/data/mr160201.pdf.
4)濱田 靖一(1992),力試し運動,pp.10-13,ベースボール・マガジン社.
5)濱田 靖一(1996),イラストでみる組体操・組立体操,pp.2,大修館書店.
6)平凡社(1936),大辞典,17,pp.316.
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9)入江 克己,鹿島 修(1990),天皇制と明治神宮体育大会(第2報),鳥取大学教育学部研究報告,教育科学,32(1):113-144.
10)礒崎 陽輔(2004),分かりやすい公用文の書き方[増補],pp.88-94,ぎょうせい.
11)松村 明,三省堂編修所(1988),大辞林,pp.1526,三省堂.
12)松村 明,三省堂編修所(1995),大辞林第二版,pp.731,三省堂.
13)文部省(1951),中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編(試案),
https://www.nier.go.jp/guideline/s26jhp/index.htm.
14)文部省(1953),小学校学習指導要領体育科編(試案)改訂版,https://www.nier.go.jp/guideline/s28ep/index.htm.
15)文部省(1956),高等学校学習指導要領保健体育科編改訂版,https://www.nier.go.jp/guideline/s31hp/index.htm.
16)文部省(1958a),小学校学習指導要領(1958年施行), https://www.nier.go.jp/guideline/s33e/index.htm.
17)文部省(1958b),中学校学習指導要領(1958年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s33j/index.htm.
18)文部省(1960),高等学校学習指導要領(1960年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s35h/index.htm.
19)文部省(1968),小学校学習指導要領(1971年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s43e/index.htm.
20)文部省(1969),中学校学習指導要領(1972年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s44j/index.htm.
21)文部省(1970),高等学校学習指導要領(1973年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s45h/index.htm.
22)文部省(1977),小学校学習指導要領(1980年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/s52e/index.htm.
23)文部省(1989),高等学校学習指導要領(1994年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/h01h/index.htm.
24)文部科学省(2009),高等学校学習指導要領(2013年施行),https://www.nier.go.jp/guideline/h20h/index.htm.
25)文部科学省(2011),(資料)学習指導要領等の改訂の経過,pp.3-4,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/__icsFiles/afieldfile/2011/03/30/1304372_001.pdf.
26)文部科学省(2016a),学校基本調査,https://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020101.do?_toGL08020101_.
27)文部科学省(2016b),馳浩文部科学大臣記者会見録(平成28年3月25日),
http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1368946.htm.
28)文部科学省(2016c),組体操による事故の防止について,http://www.pref.nara.jp/item/156471.htm.
29)文部科学省(2017a),小学校学習指導要領(2017年告示),
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_4_2.pdf.
30)文部科学省(2017b),中学校学習指導要領(2017年告示),
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/06/21/1384661_5.pdf.
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38)新村 出(1975),広辞苑第二版,pp.1416,岩波書店.
39)新村 出(1983),広辞苑第三版,pp.1532,岩波書店.
40)新村 出(2008),広辞苑第六版,pp.817,岩波書店.
41)小学校体育研究会(1936),新要目に基く運動会催し物選集,pp.238-250,三友社.
42)衆議院(2016a),組体操が学習指導要領から外されたことに関する質問主意書,http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a190107.htm.
43)衆議院(2016b),衆議院議員初鹿明博君提出組体操が学習指導要領から外されたことに関する質問に対する答弁書,http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b190107.htm.
44)修猷館二百年史編集委員会(1985),修猷館二百年史,pp.243,修猷館二OO年記念事業委員会.
45)東京都教育委員会(2016),平成29年度以降の都立学校における「組み体操」等への都教育委員会の対応方針について,http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr161222a.html.